嘘だろッ!9 嘘だろッ目次

 
 今日の展示会は婚礼用の招待客が多かったので第二課の俺は楽勝だった。
 課長から指示された予定本数を無事売り上げを午前中に売り上げ、あとは適当にやっていた。
 しかし、第一課の吉田は散々だったようだ。
 もう既に婚約指輪を指に嵌めた娘とその両親が多く、花嫁道具としての布団を見に来ているのが大半で、宝石には興味を示すものの、手に取り、試着して終わりが多かったようだ。

「課長にどやされる…拓巳〜その売り上げ分けてくれ〜〜」
 
 うちの課長も売り上げ命だが、第一課の課長も凄い。
 売り上げの低い者は人間扱いすらしてもらえない。
 平気で「そんな屑は海へ沈んでろっ! なんなら俺が沈めてやろうか?」と罵倒する。
 どこの組の者ですか? という感じだが、営業に出るとうちの課長顔負けの営業トークを披露する。 
 しかも一課にしては珍しく甘い顔(というのが女性社員の評価。 
 俺にはよくわからないが)とウットリとする甘い低音ボイスで客を魅了するらしい。
 なんでも子宮に響く声なんだそうだ。(俺にはさっぱり意味が分からない…)
 しかしながら、課長直々に展示会に出向くことは滅多にないので、俺もこの二年間のうち一緒になったのは三回だけだ。

「布団の売り上げ分けてどうするんだよ」
「…そうだよな…、一杯やりたい気分だが、お前の懐具合考えるとそれも無理だな」
「ごめん。給料が入ったら今日の分まで飲もう」

 俺は吉田を慰め、駅で別れた。
 そりゃ、一杯付き合ってやりたい気持ちはあったが、財布の中身を考えると気が退けた。
 落ち込んでいる吉田に奢ってもらう訳にもいかないだろう。
 営業の仕事をやっていると、こういうことは日常茶飯事なので、吉田も明日課長にどやされてしまえば、直ぐに忘れるだろう。
 それよりも…
 俺には行かねばならない所があった。
 そして、寂しい財布の中身で買わなければならないものがあった。
 駅前のドラッグストアに飛び込んだ。

 やっぱりラッパのマークかなと、整腸剤の棚を中腰で探す。
 黄色の箱を手に取り、腰を伸ばしレジに向かおうとしたとき、誰かと肩が触れ合った。

「すみません」
 
 口先だけで簡単に謝罪すると、聞き覚えのある声が返ってきた。

「奇遇ですね」
「…天道寺さん、買い物ですか?」
「ええ、目的は久野君と同じようですね」
 
 天道寺の視線が俺の手に握られている黄色の箱に向いている。

「君、お腹の調子が悪そうだったから」
「俺の為に?」
「それは俺が買いましょう。貸してください」 
 
 天道寺が俺が握っている箱を取ろうとした。

「そんな〜、悪いから」
「悪い? 久野君面白いこと言いますね。お腹の調子が悪くなったの俺のせいだと思っているのしょ? だったら俺が買うべきでしょう。今日も手伝ってもらいたいし」
 
 うっ、やはり今日もか…

「遠慮は入りませんよ」
 
 そうだよな。原因がこいつなんだから、甘えても問題はないはずだけど…気が退ける。

「本当にいいんですか?」
「もちろん。給料日前でしょ」
「じゃあ、お願いします」
 
 握っていた箱を天道寺に渡した。
「他に欲しいものありますか?」
 
 さすがにこれ以外のものを買ってもらうわけにはいかない。
 そろそろシャンプーが切れるがあと三日は持ちそうだ。
 コンタクトの洗浄液はこの前無料配布しているのをゲットしたし…

「ありません」
「じゃあ、一緒に帰りましょう。他にも買いたいのがあるので、少し付き合って下さい」
 
 ここは天道寺の馴染みのドラックストアらしく、スイスイ歩いて回る。
 どこに何が置いてあるのか案内表示を見なくても分かっているようだ。
 店内用の買い物籠にポンポンと物を入れていく。

「あ、それ俺も持ってます」
「これをですか?」
 
 天道寺が籠に入れたのは俺が課長から貰った塗り薬と同じものだった。

「はい、課長が引越祝いにとくれました。変な課長ですよね? どうして引越祝いがこれなのか俺には皆目見当もつきません」
『ちっ、ヤツのしそうなことだ』
 
 天道寺が嫌そうな顔で舌打ちして何かを呟いた。

「どうかしました?」
「いえ、変わった課長さんだなと思って」
 
 直ぐに表情を戻したので、天道寺が何を呟いたのか気にも留めなかった。

「あとは、男性の身嗜み品で終わりです」
 
 天道寺が手に取ったのは「薄型スキン・蓄光タイプ・ゼリー付き」と書かれた箱だった。
 俺に処理の手伝いさせるくせに、余所に誰かいるのだろうか? 彼女? 彼氏? 
 出歩いている感じはないけども…それにしても蓄光タイプを選ぶセンスが、う〜ん、分からない人だ。

「久野君は必要ないですよね? 彼女いない人には不要品ですものね」
「天道寺さんには誰か決まった人が?」
「決まった人じゃなくても必要な時はありますよ。久野君はなさそうですけど。遊ぶタイプではないでしょ?」
 
 言い切るなよ…その通りだけどさ。
 自分はアチコチで摘み食いしていると自慢されているようで気分が悪い。

「不服そうな顔してますよ。アレ、されたこと無かったのでしょう? 遊び慣れていないってことは簡単に推測つきます。これで終わりですから精算してきますね」
 
 レジで天道寺が精算するのを待って、俺たちは一緒に店を出た。

 

 今日の夕飯は牡蠣鍋だ。
 ドラッグストアから天道寺と一緒に帰宅したのだが、テーブルの上には既に鍋の用意がしてあった。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お酒、もう一杯いかがです?」
 
 牡蠣にはこの酒が、と宮城の地酒を勧められ、飲んでいた。
 あまり日本酒は好きじゃなかったのだが、勧められた酒はさらりとした喉越しで美味しかった。

「頂きます」
 
 コップで二杯目だ。
 気持ちが高揚してくるのがわかる。 
 牡蠣鍋は文句なしだし、酒は美味いし、目の前の天道寺は見てて飽きない顔立ちだし、仕事のつまらない話もウンウンと聞いてくれるし、普段飲めない酒が水のように喉を通過していった。 

「これも飲んで下さいね」
 
 目の前に出されたのは黄色の箱。
 天道寺が箱を開け、瓶の中から黒い粒を数個取りだし俺の掌に載せた。

「風邪薬じゃないので、酒で飲んでも問題ないでしょ」
 
 多分、問題はあるのだと思うが、酔っているのであまり深く考えず飲み込んだ。
 その黒い粒を飲むということは「お手伝い」が待っているということなのだが、そのことも深く考えていなかった。

「ごちそうさまでした…アレ…」
 
 席を立ち、歩き出そうとしたら足が言うことをきかない。

「久野君、危ないっ」
 
 フラフラと二、三歩、歩いた所で天道寺が後ろから俺の腹に手を回し、支えた。

「もしかして、日本酒に弱いとか?」
「…日本酒は、普段飲まないので…」
「足にきてますね。ちょっと失礼」
 
 俺を支えていた手を背中と太腿に移動させたかと思うと、天道寺は俺を抱え上げた。

「うわっ、降ろして下さい!」
 
 お姫様抱っこじゃないかっ!

「部屋まで運びます。転んで怪我でもしたら大変でしょ?」
 
 軽々と抱き上げられていることがショックだった。
 か弱い女の子扱いを受けているようで、男の矜持が傷つけられた。

「久野君、営業にしては思ったことが直ぐに顔に出ますね。別に酔っぱらいを運んでいるだけですから、そんな情けない顔をしないで下さい。可愛い人ですね」

 『可愛い』という言葉もグサッと刺さる。

「泣きそうな顔になってますよ? 俺の方が年上なんだから、小さなことを気にしないで。大丈夫です。久野君はどこからみても立派な男ですから」
 
 器が小さいと言われているようで、更に僻
(ひが)んでしまいそうだ。

「着きましたよ。酔いが覚めるまで少し寝て下さい。服、脱がしましょうか?」
「いいえ、結構です。それぐらいは自分で出来ます」
「そうですか?」
 
 足がふらつくぐらいで別にべろんべろんに酔っているわけではない。ベッドの上で服を脱ぐくらいは出来る。

「では、何かあったら呼んで下さい」
 
 天道寺が出て行くと、急撃に眠気が襲い、結局服も脱がすに寝てしまった。

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