嘘だろッ!58 嘘だろッ目次


 天道寺が席を立ち、俺の側に来た。膝を付き、俺の太腿に手を掛け、俺を見上げた。

「拓巳、許して下さい。言えなかった。俺が前から君を知っていたことも、好きだったってことも、言えなかった。…それに、君はもともとゲイじゃないし、俺が教え込まなければ何も知らずに済んだ。覚えたことを後悔する日が来ると思った。あの時、君を俺から自由にすべきだと思った。だけど、結果、君が出て行ってから、そのことを後悔した。どうして、手放したんだろうって、後悔しました。そして、君には辛い想いを沢山させてしまった」

 太腿に、ポタリポタリと、水滴が落ちてくる。天道寺の目と、俺の目から、同時に涙が落ちていた。

「…ははは…」

 涙を流しながら、笑った。

「俺、愛されてんじゃん…。ははは…」
「…ええ、愛してますよ」

 天道寺も笑っていた。

「よし! 後片付けは一緒にやろう。こういう手伝いもしたかったんだ。少しは俺も家事できるようになったし、一緒にしたい!」

 天道寺が頷いてくれた。
 初めて俺は天道寺の手伝いをする。本当の手伝いだ。
 これはこれで、嬉しい。
 ずっとここにいるのなら、ある程度、家事の分担はすべきだろう。
 新婚家庭のように、二人で皿を洗う。
 濡れるからと、俺は裸に剥かれて皿を洗う羽目になったが、それはそれで楽しかった。
 朝食の後片付けが終わっても、俺は裸だった。

「二人の時は、拓巳は裸でいて下さい。ペットに人間の服は無用です」
「ペット?」
「俺に飼われるんでしょ?」
「うん、構わないけど…ペットなのか? 恋人じゃないのか…俺って…」
「恋人ですよ。君の性癖は、俺の方が良く知ってます。二人で一緒に探求しましょう、って言ったはずです。俺が導いてあげます。嫌ですか? 怖いですか?」

 天道寺の目が諭すように優しく、けれど強要していた。

「怖くない…任せる…俺、何も知らないし」 

 俺はこの時、選択を間違ったのかもしれない。

 

 天道寺が課長から取った俺の休暇が、終わろうとしている。
 この間、俺はずっと裸で過ごしていた。
 今、俺の首にはキラキラ輝く宝飾品が飾られている。
 デザイナー吹雪特製のダイヤが散りばめられた首輪だ。
 一緒に探求と言ってたし、俺を飼うと言ってたので、凄いことを教えられるのかと思っていたが、この一週間は、以前のように俺が天道寺に喰われていたに過ぎない。
 但し、愛情たっぷりで。
 俺から、強請ってもいい関係になったのだ。
 欲しいときは欲しいと、すり寄ることもできた。
 身体も心も満たされるって、こういうことかなと思う。

「俺が飼うというより、拓巳が自ら犬か猫になったようですよね。俺の横から離れない」

  服を纏った天道寺の横に、裸の俺がいつもいる。
 料理を作るときは、邪魔しないように大人しく座っているが、大抵横にいた。
 トイレに入るときもついて回る俺に、ふざけて天道寺がドアの前で「ステイ」と俺に待ての命令を下した。

「ワンッ!」

 と、犬の鳴き声を真似ると、天道寺が嬉しそうに目を細めた。
 月曜日の朝、久しぶりにシャツと上着に手を通す。
 もちろん、首輪は外している。
 下着も穿き、ズボンに足を通した。
 朝の出勤支度中の俺に、天道寺が小さな箱を持ってきた。

「服着てますね。遅かったか…。拓巳、申し訳ないですが、下だけ脱いで下さい」
「なんで?」
「会社に行く準備です。遅刻しますよ、早く脱いで下さい」

 訳が判らなかったが、俺は素直に脱いだ。

「お尻をこちらに向けて下さい」
「ダメだよ…天道寺さん、今から仕事に行くんだから」
「分かってます。俺を置いて君は真司に仕えるべき、あの第二課に出向くんでしょ」

 天道寺の声が冷たい。俺に会社に行ってほしくないようだ。

「早く、四つん這いになって、お尻を…」

 何がしたいんだろうか? 
 今から、喰われるわけには…と、時計を見たが、やはり無理だ。遅刻する。

「早くして下さい」

 ヤバイ、天道寺の声が完全に怒っている。俺は仕方なく、言われたとおりの体勢を取った。

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