嘘だろッ!57 嘘だろッ目次


「俺は、拓巳のことを実は以前から知ってました。君が火事で住むところを無くし、困る以前から知ってたのです」
「…どういうこと?」

 俺を知っていた?

「中
(あたる)と一緒に遊んでいた学生の君と一度会ってます。飲み屋で挨拶をした程度ですが。その頃、俺は荒(すさ)んだ生活をしてましたので、君のような健全な人間が印象に残ってしまって。俺の周りにはいない清々しい瞳をしてましたから、忘れられなくて。中には君のことをアレコレ尋ねていました。一目惚れというヤツです」
「…前に会ってたんだ。でもどうして、忘れたんだろう。天道寺さんって、キャラ濃いのに。あ、これ、褒め言葉です…」
「言ったでしょう。荒んだ生活をしていたって。今の俺とは印象が違うと思う。汚い酔っぱらいの印象しかなかったと思います。挨拶を交わした程度の人間なんて、覚えていなくて当然です」

 それなのに、天道寺は挨拶を交わした程度の俺を覚えてくれてたんだ。 

「拓巳が東洋コーポレーションを受けたのは、偶然じゃないのです。拓巳、誰に誘われて、入社試験を受ける気になりました?」
「…吉田です」

 見事に受ける所、受ける所、全て不採用の通知ばかりで、最後に吉田に誘われて受けたのが、東洋コーポレーションだった。

「俺が勧めたのです。あの通り、中
(あたる)はちゃらんぽらんですので、営業向きですし、拓巳は俺が一目惚れするぐらいだから、いけると思ってました。何より、俺が君の近くにいたかった。遠くから眺めるだけにしても、同じ組織に属していた方が、チャンスが増える」
「俺が、仕事に有り付けたのは、天道寺さんのおかげってこと…?」
「あくまでもキッカケです。採用されたのは拓巳の実力ですし、入社後の営業成績は全て拓巳の力でしょ? 俺はただ、君の近くにいたかった。君は気が付かなかったようですが、展示会場にも、何度も足を運んでます。宝石のブースには時々顔を出してました」
「…声かけてくれれば良かったのに…」
「真司の部下の拓巳に、簡単に声は掛けられなかった。俺と真司のことが君にバレるのも嫌でしたし…意外と小心者なのです」

 天道寺が、胸に両手を重ねた。

「課長はその…天道寺さんが…俺のこと…」
「勘が鋭い男ですから、気付いていたんじゃないでしょうか? 面と向かって言われたことはありませんでしたが。やけに俺贔屓(ひいき)な取り計らいを君がここに越して来たときしてくれましたから。まあ、君を一課に取られたくないというのがミエミエでしたけど」

 そうだ、一課が俺を引き抜くって話しもあったんだった。

「それって、天道寺さんの…策略」
「はい。そうです。こうみえて、デザイナー吹雪は一課では力があるのです。ごめんなさい。君は羽毛布団の販売に誇りを持っているのに…野獣の所に長く置いておくのが、嫌で…なんとか、ならないかなと…」
「…ごめん、天道寺さん。あんな課長の下でも、俺、二課が好きなんだ。宝石って、よく分からないし……ホント、ごめんなさい」

 俺って、凄く愛されてたんだ、と今更ながら思った。ずっと、天道寺に見守られていたのかと思うと、不思議な気がする。

「仕事のことは、良いんです。それは俺の我が儘だと分かってます。君がここを出て行った時は、真剣に一課に引き抜こうかと考えましたが…諦めきれなくて…せめて、仕事で繋がっていたいと…でも、その必要な、もうないでしょ?」
「ない!」

 ここは力強く答えた。

「遠くから見守るだけのつもりでした。だけど、拓巳のアパートが燃えて、焼け出されたと知り、君が困っているようでしたから、助けたかった。同時に、これが最初で最後のチャンスかも知れないと思ったのです」
「どうして、吉田に金を」
「中
(あたる)は金に困ってましたから。株に手を出して損をしてましたし。中がここに居れば君を呼べない。だから、なんとかして、追い出したかった。君がここに住むよう取り図れと金で釣ったのです。損失分の三十万と中が彼女と同棲するのに必要な金を出すと持ちかけたのです。君の斡旋料というよりは、中の追い出し料だったというのが真相です。もっとも、中にしてみれば、どちらにしても、金で釣られ、拓巳を俺の所に寄越したということに、変わりはありませんが」
「もっと早く知りたかった…、もっと早く言ってくれれば良かったのに……酷いよ…天道寺さん…」

 全然話が違うじゃないかよ。
 俺…、あの時…、ここを出て行こうとした時、本当の三十万の意味を知っていたら、課長の世話にならなかった。 そうしたら、天道寺を強姦することもなかったし、課長から変なドリンク飲まされて、突っ込まれることもなかった。 あのまま、ここにずっと居られたのに…
 面白半分で売り買いされていたんじゃないと分かり、嬉しい反面、悔しさが胸を締め付ける。

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