嘘だろッ!56 嘘だろッ目次


「久野君、拓巳、起きて…朝ご飯の用意出来てます」

 身体をブルブルと揺さぶられた。
 目を開けると、白いシャツに紺地のエプロン姿の綺麗な顔が俺を覗き込んでいた。

「立てそうですか?」
「…天…道寺さん…、おはよう…ございます。あの…俺…」
「よく寝てましたね。今日の曜日が分かりますか?」

 頭がズキズキする。寝過ぎの頭痛だ。
 え〜っと、昨日のフェスタだったから…

「…日曜日です」
「違いますよ。月曜日です」
「月曜日っ! 会社っ、遅刻だっ! 今何時ですかっ!」

 跳ね起きた俺に、天道寺が笑う。

「慌てなくても大丈夫です。拓巳は一週間休みです。フェスタの売り上げで、金糸堂との契約が決まったようです。真司から在宅勤務の許可を取りつけました」

 在宅勤務って、布団の営業の俺が在宅で可能な仕事なんて、ないじゃないかよ…

「それって…無理矢理ですか?」
「やだな。俺にそんな権限ないですよ。詳しい話は朝食を食べながらしましょう。朝から、誘われるのも、悪くないですけど」

 天道寺の視線が、ある一点に集中していた。

「うわっ、」

 見事に全裸だった。しかも朝勃ち状態。
 完全じゃないところか情けないのだが、頭を中途半端に擡
(もた)げていた。慌てて、手で隠した。

「お腹の調子はどうです?」
「腹?」

 丸一に何も食べてないからか、腹はぺたんこに潰れていたが、それ以外どうもない。

「下の口からでも、お腹、壊したんじゃないかと思って。拓巳、飲むと腹壊すから、下からだと、それ以上にダメージが多いかと…」
「何ともないです。ゴロゴロいわないし、痛くもないです」
「良かった。君の意識はなかったですが、一応、処理をしてます」
「処理?」
「掻き出しました」

 掻きだしたって…指突っ込んでか?

「はい。掻き出しました。女性用の洗浄ビデを今度買いに行きましょう」
「…いや…、そこまでは…」

 朝っぱらからの後処理の話しに、土曜日のことが赤裸々に思い出されて、恥ずかしくなる。 
 行為そのものよりも、天道寺に好きだと言われたことと、俺も好きだと告げたことが、メチャ、恥ずかしい。 
 シャワーを浴び、天道寺の手料理が並ぶ食卓に着いた。 
 味噌汁、鮭、温泉卵、お浸し、大根おろし、お新香に梅干しと、旅館の朝食を思わせる品々が並んでいた。
 天道寺の味噌汁は、出汁もインスタントじゃないし、味噌はお手製で、とても美味い。
 久しぶりにそれを口に出来るかと思うと、箸を握る前から腹が鳴り出した。

「沢山食べて下さい。拓巳に食べてもらえると思うと嬉しくて、張り切って作りました」
「いただきます」

 これから、毎日天道寺の手料理が食べられるのだろうか? 
 ずっと、ここに居着いてしまっても良いのだろうか?  
 天道寺は俺を飼うと言っていたが… 食べながら、質問事項が次から次へと浮かんでくる。
 前は、手伝いは「アレ」だけだったけど、今度は家事も手伝った方が…とか、切りがない。

「拓巳、どうしました? 美味しくないですか? 眉間に皺がよってますよ」
「とっても、美味しいですっ! 料理は最高です!」
「料理は? それ以外で問題が?」
 
 お茶を啜ってから、箸を置いた。

「あの…、俺…、いつまで、ここに居ても…いいんでしょうか…家賃とか…」
 
 俺の質問に、天道寺の顔が暗くなる。

「拓巳は、金が貯まったら、ここを出たいとか、部屋を別に借りたいとか、思っているのですか?」
 
 逆に質問された。

「思いませんっ!」
 
 即答した。

「ずっと、居れたらいいなと、思って…。俺を飼いたいって、天道寺さん、言ってたけど…俺、犬や猫みたいに可愛くないし……顔は、人より見栄えするみたいだけど、それだけだし…そのうち、飽きられるかも知れないし…第一、俺、天道寺さんの、飲めないし…課長ほど、大きくない」
 
 俺はナニを言ってるんだ?

「…天道寺さんは、俺に色々教えてくれるけど、俺は天道寺さんを満足させてないっていうか…」

  天道寺の顔に、明るさが戻った。

「可愛いです。拓巳は何事にも一生懸命で可愛いです。俺に飼われてもいいと思ってくれるなら、ずっとここにいて下さい。家賃は別に必要ないですが、拓巳が気にするなら、入れて下さい。前と同じ額でいいです。それに、拓巳は俺を満足させてくれてますし、これからは、もっと、色々二人で探求しましょう」
「探求?」
「そう、探求です。餌としての拓巳をもっと開発してあげます。俺を信頼してくれるなら、の話しですが。二人じゃないと出来ないことをしましょう」
「俺と天道寺さんじゃないと出来ないこと?」
「嫌ですか?」
「嫌じゃ…ないです」
「良かった。これから、ずっと二人で生きていけたらいいなと思ってます。ここで、一つ、誤解を解いておきましょう」
「誤解?」
「中
(あたる)から、君を買った件です」
「そのことは…もう…」
 
 忘れたかった。
 友人に売られたなんて、腹立たしくて、不名誉なことは忘れたかった。

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