嘘だろッ!53 嘘だろッ目次


 天道寺の背から降り、天道寺の顔の前に移動し座り込んで、天道寺の顔を真っ直ぐに見た。
 酷く、疲れた顔をしている。

「…天道寺がいい。…俺、天道寺がいい…。天道寺だけに抱かれたい。抱くのも天道寺だけがいいんだ…天道寺が、俺以外の人間と肌を合わせるのは嫌なんだ。快楽の為のスポーツでも嫌なんだ。心臓が、キュッと痛むし、なんだから分からないけど、腹が立って、ちゃんと物事考えられなくなって…前もあんな…酷いことしたけど…」

 天道寺の目を見て言った。俺の正直な気持ちを拙い言葉で精一杯伝えようとした。

「…拓巳…」
「昨日だって、課長と寝たかったわけじゃないんだ…。変なドリンクとアルコールで、おかしくなって…キュウリや人参や大根でもなんでも良かったんだ…あんなの、野良犬に手を噛まれたのを同じ次元なんだよ」

 失礼なヤツだと課長がツッコミを入れていたが、無視だ。

「…帰りたいって言ったじゃないですか…」

 弱々しく天道寺が呟く。

「……天道寺が、怒ってたからだ…、話しちゃんと訊いてくれないし…、俺のこと、淫乱だって……淫乱かもしれないけど…、それ…でも…俺、天道寺だけがいいんだ……俺、天道寺とだけでいい…本当なんだよっ」
「…身体は…って、事でしょ…最初が、俺だったから…」

 変な笑みを浮かべて、天道寺が目を潤ませる。

「久野、焦れったいヤツだ。あるだろ、ちゃんと自分の気持ちを伝える簡単な日本語が。お前がそれを雪に言えば、ここまでこじれなかったんだよ。あ〜、ここまでアホだと上司として、いや、成人男子として泣けてくる。日本の将来は大丈夫か?」

 ゴツっと頭に衝撃が走る。課長の拳骨だ。 
 手錠で離れない両手首を天道寺の首に掛け、天道寺の顔を引き寄せた。

「…好き…というのは、こういうことを言うのか? 天道寺の全部が欲しい…」

 今日の天道寺の涙腺は壊れていた。

「……最初から、俺の全部は拓巳のものです…」

 はらり、また天道寺の目から、雫が流れ落ちた。
 あ〜あ、やってられね〜と、ブツブツ言いながら課長が服を正している。
 昂ぶったままの一物を無理矢理、下着の中に押しこんでいた。

「お前達、ホント、分かってるのか? 最初から、相思相愛という乙女チックなことなってたんだぞ? 久野なんか、ここを出て行くって大泣きしたときから、誰が見ても雪大好きモードだったっていうのに。ったくタダのアホかと思ってたら、ただのクソガキだったんだ。ろくな恋愛経験ないの、バレバレだ。雪は雪で、スレすぎて、ちゃんとまともな恋愛手順が踏めないし…。二人して、ややこしくしやがって。俺がお前達を結びつけてやったんだからな。感謝しろよ」

 課長の言葉に、

「出来るはずないだろっ!」
「出来ませんっ!」

 二人して、声を上げた。

「雪の身体、頂いたのは、お駄賃だ。その代わり、久野には一週間休みやるから、目を瞑っておけ。フェスタも大盛況だったし」

 引っ掛かるものを感じたが、今はそれどころじゃなかった。

「荷物はここに、送ってやる。大した荷物もないし。それでいいな、久野」
「はい、お願いします。それから、早く出て行って下さい、課長」

 早く二人になりたかった。

「お前な…その態度はどうかと思うぞ…」

 文句を言われても、邪魔者には早く消えて欲しかった。

「真司…、鍵を置いて、さっさと出て行け。それから、二度と、拓巳と俺に構うな。拓巳に触るな」

 ハイハイと、ふざけて両手を上げながら、課長が天道寺の寝室から出て行った。
 バタンと玄関のドアが閉まる音がし、天道寺が、俺の額に自分の額を合わせた。

「本気ですか、久野君」
「拓巳でいい…」
「後悔しませんか?」
「後悔はもうした。天道寺もだろ…?」
「そうですね…今もしてます…君の手首……」

 俺の手首を自分の首から外すと、手錠の輪に擦れて出来た傷を確認するように、天道寺が見た。

「力任せに無茶して。手錠、外します」

 天道寺が立ち上がり、裸のまま手錠の鍵を取りに行く。
 どこに隠していたのか知らないが、足音の方向からして、リビングかダイニングだろう。
 戻って来た天道寺の手には、鍵だけじゃなく、小さな救急箱もあった。

「拓巳、こちらへ」
 
 天道寺がベッドに腰掛け、俺を呼ぶ。天道寺の前に手首を差し出すと、ガチャリ、手錠が外された。

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