嘘だろッ!44 嘘だろッ目次


「この純白の羽毛に、恋をしてしまったようです。本当に、フワフワとして、綺麗な白をしています…羽根とは違って、優しく人を包み込んでくれそうだ。ねえ、皆さん?」

 突然現れた課長には動じず、吹雪を名乗る男は、女性客に同意を求める。

「一つ、頂きましょう。穢れのない雪のような営業さん、お願いできますか?」

 課長がいるのに、俺かよ。
 しかも、俺は十分穢れている…強姦した相手に強姦された人間が、使う言葉じゃないだろ……俺なんか、昨日だって、あんな事に…ん? 
 これは彼なりの嫌味とか?

『ほら、申込書、記入させろ。あれでも、客は客だ』

  課長がギュッと尻を抓り、俺を急かす。

「皆さん、どうします? 私とお揃いにしますか?」
 
 デザイナーの言葉に、『もちろん』『します』『素敵〜』と次々に声があがり、あっという間に十三本の申込みが決まった。
 俺は一切営業してないじゃないか。羽毛の説明途中だったというのに。
 なのに、十三本とは、どれだけこのデザイナーに魅力があるっていうんだ。
 お揃いってだけで、ホイホイ買っていいのか? 
 一本八十万するんだぞ。
 さすが、金糸堂の客は太い(←金があると言う意味)確かに、宝石に比べれば、彼女等には、かなりお安い買い物かもしれないが。
 無い所には無く、有るところには有るのが金なんだ…この仕事に就いてから、幾度となく感じる。
 そして、無い俺が、必死で貯めた三百万は、消えてしまい…貧乏人はずっと、貧乏なままなのかよっ、と嘆きたくなる。
 何をぼやいてるんだろう…俺。
 女性客の相手は課長がすることになり、俺は吹雪と名乗るデザイナーと、契約用に用意してある小さなテーブルへ移動した。

「あの、失礼ですが…吹雪様…、」
「何ですか、久野君? 二人の時は、天道寺でいいよ」  

 デザイナーが眼鏡を外し、テーブルに置いた。
 俺の知っている、天道寺だ。
 眼鏡一つで、オンとオフが切り替わったようだ。
 俺の名を呼ばないし、ここでは別人として接して欲しいのかと思っていた。

「じゃあ、天道寺さん。先程の申込みは、サクラでしょうか?」
「やだな、久野君。本当の申込みですよ。お勧めの布団でしょ?」
「しかし…、天道寺さんの立場なら、社販、いや、無料で入手できるはずです」
「それで君を傷付けたけど…、本当に手に入れたいモノには、ちゃんとそれ相応の対価を払いたい。他の布団なら、無料でもいいが、君が営業している姿を見てたから…売り上げに貢献させて欲しい。駄目かな?」

 俺の対価が三十万だと言いたいんだろうか? 
 先程もそうだけど、天道寺の話は理解できない部分が多い。
 課長の言うとおり、俺が、馬鹿だからか? 
 違うよな。天道寺の話が回りくどいんだ。
 三十万が俺の対価と言う意味なら、それは酷いんじゃないだろうか。安すぎるだろ。
 それに、『雅』を購入する理由と、俺の営業姿は関係ないじゃないか。

「他の客をわざわざ連れて来てくれたじゃないですか。それだけで、もう、凄い貢献です。その上、天道持さんから、お金を頂くだなんて、俺には出来ません」
「甘いんだね。課長に訊いてごらん。あいつなら、絶対売り上げ伝票にあげろって言うよ。営業の数字ってそんなものでしょ? 現にさっきだって、俺のこと、『客は客だ』って、君に言ってたよね?」

 天道寺、意外と地獄耳?
 そりゃ、課長は言うに決まっている。無料のサンプル品だって、無理矢理金を支払わせるタイプだ。

「お言葉ですが、一万、二万の品じゃないんですよ?」
「久野君、面白いこと言うね。俺は君の働いている会社で、何をしている? 課は違うけど、君も分かっただろ? ルナシリーズのデザイナーです。この布団よりは数倍高価な宝石ブランドのデザイナー。その俺が、支払えないとでも?もしかして、馬鹿にしているとか?」
「…いえ、決してそんなことは…ございません。…ですが、そう布団ばかりあっても…」

 天道寺の予想外の強い口調に、俺はしどろもどろで答えた。

「久野君、営業として、それを言っては駄目じゃない? 布団売るのが仕事でしょ。布団がない人っていないでしょ?持っている人にさらに良い品を勧めるのが、営業でしょ?必要、不必要言ったら、俺の仕事も無くなるよ。ジュエリーなんて、無くても生活に困らない。違う?」

 何で、俺、天道寺に営業のイロハを教えられてるんだろう。
 あぁ、もう、どうでも、いい。買いたいなら、買えよ。
 俺の金じゃないんだ。俺には大金に思える八十万でも、天道寺にはどうってことないんだ。

「分かりました。では、『雅』の申込書にご記入願います」
 
 俺が、用紙を天道寺の前に置くと躊躇なく天道寺はペンを走らせた。

「お支払い方法はどうされますか?」
「デザイン料と売り上げマージンから天引きと言うわけにはいかないだろうから、カードで」

 天道寺からカードを預かり、申込書と共に、金糸堂の社員に預けた。
 売り上げは金糸堂になる。販売価格と卸の価格は違うのだ。
 うちとしては、こうして販売の手伝いをすることで、今回みたいに販売経路の拡大や新規の取引、卸す本数のアップが見込めればいい。
 カードが戻ってくるまでの間、雑談で間を持たすべきなんだろうが、天道寺相手に何を話したらいいのか分からなかった。
 
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