嘘だろッ!43 嘘だろッ目次


「素敵な布団ですね。皆さん、ちょっと見て行きましょう」

 ちょうど一セット売り上げ、お求め頂いた会社経営の女性と雑談していた時だった。
 俺の背後に人が集まっている気配と共に、聴いたことのあるような声が……

「吹雪様、さすが〜。ジュエリーだけじゃなくて、寝具にも目利きでいらっしゃる〜〜〜」 

 吹雪様? あの、デザイナー?
 顔を拝むチャンス到来、極上の営業スマイルを浮かべ、ゆっくりと振り返った。

「どうぞ、お手にとって……」

 ご覧下さい。生地から違います。と、いつもの営業トークの出だしが続くはずだった。
 しかし、俺の口から出た言葉は、

「・・・嘘だろッ! なんで?」

 と、およそ営業とは関係ないものだった。 
 ニッコリと、俺に微笑みかける目の前の顔。 
 洒落たフレームの眼鏡を掛けてはいるが、その顔には見覚えがあった。
 耳朶にはピアスが左右に三つずつ、光っている。間違えるはずはない。見間違うはずがない。
 サラサラの長髪が、どこぞの貴公子かと思わせるフリル付きのシャツに掛かっている。
 長髪にピアスがこれ程似合う男が、世間に二人もいるはずがない。
 もっとも、俺が知っているはずの男はいつもはシンプルな白のシャツに紺地のエプロンを掛け、お玉を持って楽しそうに調理していた。

「羽毛布団が展示されているのは、今回初めてですよね? この素敵な布団の説明をしていだけますか? みなさんも、お聞きになりたいでしょ?」

 目の前の顔が、引き連れてきた女性客に同意を促す。
 俺の「なんで?」には一切触れず。

「吹雪様と一緒に聴きたいです〜」
「私も〜〜〜」

 こいつが、デザイナーの吹雪? 間違いないのか? 
 一課の特別ブランド、ルナシリーズをデザインしてたのが、この男だというのか?  
 吉田の親戚で、課長の知り合いで……
 俺の中で点と点が繋がりそうだった。

『拓巳、営業!』 
 
 耳元で、囁かれ、ハッと我に返った。
 真横に、吉田が立っていた。こいつが、昨日から必要以上に俺を心配していた理由がわかった。
 俺が動転して、仕事どころじゃないとでも、思ったんだ。
 それにしても、いつの間に来たんだ? 
 気付かないほど、俺はボヤッとしていたのか、それとも動揺しているのか。

『大丈夫だ、お前、自分のブースに戻れ』

 早口で囁き返すと、俺はデザイナー吹雪ご一行様に対峙した。

「こちらは、エジプト産の超長綿を使用しております。お手にどうぞ、」
「シルクの手触りですね。光沢もある」
「ええ、綿の中でも最上級のクラスが超長綿なのです。吸湿性に優れ、中の羽毛布団との相性がとても良いのです。そして、なんといっても、羽毛布団の優劣は中の羽毛の質で決まるのですが…」

 ここで、いつもは羽毛の入ったケースを客の手に載せる。 
 今日は、客といってもデザイナーの吹雪を名乗る男の手に載せた。

「あなたのように、純白で穢れていない雪のような羽毛ですね」

 俺が穢れてない雪だと? 

「お上手ですね。吹雪様こそ、雪の貴公子というイメージですが。ねえ、皆さん」

 取り巻きの女性客が、頷く。

「お褒め頂き、ありがとう。でも、どうせなら、凍った心を優しい明かりで溶かす月のイメージがいいな」

 その言葉に、女性客がウットリしている。

「太陽じゃなくて月? 月明かりは冷たい感じがしますが」 

 別に反論しているつもりはない。凍ったものを溶かすのは熱だろう? 
 夜に浮かぶ月の明かりに熱のイメージはない。

「太陽だと、凍った心が、溶けるの通り越して焦げそうじゃないですか? 綺麗なお顔立ちの営業さんは、誰かに心を焦がされた経験が?」

 心臓がドキッとした。眼鏡越しの目が俺の中を抉るような強い視線を送っていた。

「…いえ、残念ながらありません。吹雪様は?」
「当然、ありますよ」

 え? 誰とだ? 

「その経験から、今は太陽より、傷ついた誰かを照らす夜の月明かりが好きです。純白の雪を溶かすこともありませんし」

 凍った心は溶かしたくて、雪は溶かしたくないのか。
 何が言いたいんだ? 謎かけなのか?

「まるで、恋の告白のようですね、吹雪様」 

 げッ、課長だ。
 随分と早いじゃないか。午後から来ると言ってたくせに。
 課長は当然、デザイナーが誰か知ってたはずだ。
 デザイナーの正体を教えなかったのは、何故だろう…言えば、俺が営業に出ないと駄駄をこねるとでも思ったのか?
 それにしても、早い…俺、まだ一本しか売り上げてないっていうのに。
 
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