嘘だろッ!42 嘘だろッ目次


 招待客の来場が始まって数十分後。
 突然、会場の照明が落とされた。

『本日は、金糸堂フェスタにご来場下さり、誠にありがとうございます』

 会場内にアナウンスが響く。
 スポットライトが、会場入口に当てられた。

『今回、特別にルナシリーズのデザイナー、ミスター吹雪にお出で頂きました。拍手でお迎え下さい』

 場内から、一斉に拍手が湧き起こる。
 照明をおとされ、客の関心がスポットライトの先に向いてしまい、営業どころじゃなくなった。
 同じ会社の者としては、客の注目を集めてくれた、金糸堂の演出には感謝しないと罰が当たるのかもしれない。  金糸堂が、各宝石メーカーのブランドより、うちのルナシリーズに力を注いでくれている証拠なのだ。
 俺も、客に交じって、パチパチと手を叩いてみた。
 実は、宝石について疎い(というよりは関心がない)俺は、一課の扱うルナシリーズが、最上級ラインで一課の扱う宝石のブランドで一番高価ということぐらいしか、知らない。
 そのデザイナーが誰かも知らなかった。

 男なのか、へぇ〜……
 
 勝手なのだが、てっきり女性とばかり思っていた。
 男が繊細な宝石のデザインをするイメージがなかった。
 どんなやつなのか、しっかりと顔を拝んで帰ろう。
 宝石には興味がない俺だったか、デザイナーが男ということで、そいつには興味が沸いてきた。
 スポットライトで照らされたドアが少し開いた。拍手の音が大きくなる。

『ミスター吹雪の入場です』

 入って来た瞬間、薄暗い場内を、客が入口付近に一斉に駆け寄る。
 キャ〜キャ〜黄色の声が飛ぶ。
 すげぇ〜、アイドル扱いか?
 顔を拝もうにも、客の頭しか見えない。
 駆け寄って、顔を見たい衝動に駆られたが、ブースを離れる訳にもいかず、諦めた。
 そのうち、見られるだろう。

『皆様、通路を開けて下さいますよう、お願い致します。今から、ミスター吹雪は、ルナシリーズのブースにて、皆様の接客にあたります。今日は、デザイナー自らが作品解説をして下さいます。この機会に、贅沢な大人のジュエリーをお求め頂ければと思います』

 ミスター吹雪を追ってスポットライトが移動する。
 素敵〜という声と共に、一群が一課のブースに移動する。
 一課のブースに群れが落ち着いた所で、スポットライトが落とされ、代わりに場内の照明が元に戻った。

 すげぇ…、一課のブースが全く見えねぇ…
 吉田、大丈夫か?
 あいつに、この人数、裁けるのだろうか?
 一課は数字的には楽勝だ。
 デザイナーの力って凄いんだな…… 
 一部を除いて、展示会場から人が消えた。 
 オイオイ、営業どころじゃない。

「東洋さん、凄いですよね」

 横のブースの販売員が話しかけて来た。メーカーからの派遣や営業ではなく、金糸堂の社員らしい。

「毎回、こんな感じですか?」
「ミスター吹雪がお見えの時はそうですね。ルナシリーズも人気ありますが、デザイナーの吹雪様は、女性客に絶大な人気なのです。容姿端麗で、年齢、出身地、経歴、本名を一切公表してない所が、ミステリアスでして…」
「へ〜、そうなのか」
「…えっと、久野さん? あなたも東洋さんでしょ?」

 胸に付けた名札を見ながら、不思議そうな顔をされた。

「お恥ずかしい。実はデザイナーの名前、さっきのアナウンスで知ったぐらいです。羽毛布団と宝石は全く課が別れてまして…。知っているのは、ブランド名ぐらいです」
「そうなのですか」
「アノ…、うちの一課のブースばかりに集客して、問題ないのでしょうか? 他のメーカーさんのブースにも、私のこの羽毛布団のブースにも、お客様が……」
「大丈夫なんです。皆さん、後で散りますし…、お金のある方は貪欲ですので、ある程度、満足されたら、他のブースもしっかり回られます。吹雪様が客寄せパンダ的な役割も自覚して下さっているので、他のブースの出展社も、東洋さんや吹雪様を煙たがる所はありません」
「じゃあ、ここにもお客様戻ってきますかね?」
「久野さん、失礼ですが…吹雪様に負けず劣らずの、ナイスルッキングで、いらっしゃるから…問題ないかと…」

 天下の金糸堂でも、俺ってやっぱり「顔だけ」扱いなのか? 内心ムッとしたが、そこは営業スマイルで、

「ありがとうございます。頑張って売らせて頂きます」
 
 と返した。
 それにしても、ますます、ミスター吹雪に興味が沸いてきた。どんなやつなんだろう。 
 金糸堂の社員が言っていた通り、少しずつではあるが、客が流れ始めた。
 俺になのか、布団なのかは分からないが、うちにも客の足が向いてくれるようになった。
 となると、一課を気にしているわけにもいかず、俺は羽毛布団の販売に精を出さなければ。
 何といっても、今日の目標は一千万円越えだ。
 出来れば、俺一人で一千万を売り上げ、ボーナスの大幅UPを期待したい。
 今の俺には本当に金が必要なのだ。金がないばかりに、酷い目ばかりにあっているような気がする。
 心血注いで売るぞ! と気合いが入る。

 だが…やはり、体が…、アソコが……依然不快感で一杯だった。
 ヤり過ぎた割りには、軽度なのは分かるが……、一体いつまで俺のケツは課長のブツを記憶してるんだろう。
 自分の体の不甲斐なさが腹立たしい。
 デモンストレーションで、羽毛布団の生地を掴んだり、布団を引っ張りあげようとすると、変な声が洩れそうになる。それぐらい、気持ち悪いのだ。
 吉田ぐらい俺の営業スマイルを見慣れている人間なら、今日のスマイルの不自然さに気付くかもしれないが(既に、顔色の悪さと動きは指摘されたし)、初対面の客には、体の不調を気付かせない自信はある。
 売るしかない、売るしか、と自分に言い聞かせ、営業に集中した。
 すっかり吉田のブースの人だかりのことも、興味を持ったデザイナーのことも頭から消えていた。
 
 NEXTBACK  

嘘だろッ目次 novel