嘘だろッ!41 嘘だろッ目次


「第二課さんとは、初めてのお付き合いなりますが、よろしくお願い致します」
「こちらこそ。こんな広いブースをご用意下さって、感謝いたします」

 初めての営業先。金糸堂の展示会責任者と挨拶を交わすと、俺は早速、今日販売予定の超高級羽毛布団セットの『雅』を広げた。
 羽毛布団は、袋から出し、広げるだけでは駄目なのだ。
 中の羽毛に十分な空気を含ませないと、本来持っている保温力を発揮できない。
 生地を表と裏から引っ張り、中の羽毛に空気を含ませていくと、布団の嵩が出したときの倍近くになる。
 ここで、『雅』の準備は終了だ。あとは、比較するためにランクを下げたセットと羊毛布団を用意し、羽毛の見本が入った透明ケースと、生地見本を展示し、準備は全て終了した。
 第一課は、俺より早い到着だったらしい。
 俺が到着した時、既に宝石の展示は終わっており、金糸堂の社員と打ち合わせをしている吉田の姿が見えた。
 布団と違い、宝石の展示の準備は時間が掛かる。
 扱いが悪ければ、傷が入るものもあるし、何といっても、数の確認だけでも、相当な時間を要する。
 俺だけ…いや、このブースだけが浮いている。
 宝石以外では、オーストリッチのバッグメーカーと、高級腕時計が展示ブースに並んでいるが、床を使ったブースはここだけだ。 
 それにしても…、尻の違和感が…。
 準備にしてもそうだったが、何より歩行するのも、実は大変なのだ。
 朝、課長に『間違っても、展示会場内をがに股で歩くな』と、強く念を押された。
 金糸堂に着くまでは、格好気にせず歩いてきたが、着いてからは、キュッと括約筋に力を入れ、違和感に対抗してきた。
 しかし、気が緩むと、モノが挟まった感じに、モゾモゾと腰を動かしたくなるし、膝が外を向いてしまう。
 辛い営業になりそうだ。

「拓巳、おはよう」

 打ち合わせが終わったのか、吉田が俺のブースに顔を出した。

「おはよう。吉田、一人か?」
「…ん、ああ、一人」

 変な間を開けて、吉田が答えた。

「デザイナーが来るんだろ?」
「客の来場時間に合わせてくる。準備が全て終わった頃しか来ないんだ。それに、今日は、金糸堂側が登場シーンを演出するらしい。それより、拓巳、昨日より、顔色悪いぞ」
「そうか?」
「それに、腰痛か? 動きがおかしいのが、遠目にも分かった」

 ヤバイ。吉田に分かる位じゃ、課長が来てから、ネチネチ言われそうだ。
 午後までにこの違和感が治まればいいが。

「あの、拓巳…、営業スマイルだから…」
「何、それ? 営業のイロハの伝授か? 分かってるって。接客中は、気を付ける。別に腰痛というわけじゃないんだ」
「…いや、そうじゃなくて…。ま、今日は、大変だと思って…。職場放棄したくなったら、目で合図してくれれば、俺、布団売るし…」

 何を言ってるんだ? 
 こいつ、俺が課長に掘られたこと知っている…とか?
 まさか。動きで分かったとか言うんじゃ、はは…ありえねぇ…よ… 

「お前、羽毛布団を舐めてるんじゃないの? そう簡単には売れないよ。羽毛布団の知識あるのか? 宝石じゃないんだから、そう簡単に客は飛びつかないぞ」
「ごめん。羽毛布団を軽くみているつもりはないんだ。とにかく、困ったことがあったら、合図してくれよな、じゃあ、俺、戻るわ」

 吉田に頼むほど困ったことなんか起きるはずがないと、その時は思っていた。


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