嘘だろッ!38 嘘だろッ目次


 折角一人になれたので、こっそり買い置きしていた缶ビール片手にTVでも見ることにした。
 サッサと風呂に入って寝ろ、と課長は言っていたが、まだ八時半だ。
 小学生じゃあるまいし、そんなに早くは寝られない。
 確かに家事労働でクタクタではあるのだが、鬼の居ぬ間に自分の時間を少しぐらい楽しんでもバチはあたらないだろう。
 先程飲んだ、怪しげなドリンクが口の残っているのか、ずっと口内が苦い。
 それを洗い流す意味と、今日も課長に切れずに頑張ったぞ、という褒美の意味で、ビールを流し込んだ。
 …ウマイ… 
 TVでは若いアイドルユニットがミニスカートに短いタンクトップを着て、男に媚びを売るような仕草で歌っている。  いつもなら、それぐらいどうってことないのだが、今日はやけに可愛く見える。
 誰か一人、お兄さんとデートしてくれないかなぁ…
 なんてことが頭に浮かぶから、多分自分で思っている以上に疲労困憊なんだろう。
 やはり、男より女の子の方がいい。疲れた日に、可愛い彼女に、癒されたらどんなに幸せだろう……。

『これ、初めて作ったの。食べて。あ〜ん』 

 あ〜ん、ってして欲しい…
 白いフリルのエプロンを着けた彼女が、箸で料理を運んでくれるんだ。思わず、妄想に飲み込まれ、目を瞑ってしまった。

『今度は、お味噌汁。ちょっと待ってて』

 うん、待つ待つ…

『はいどうぞ、久野君』

 久野君? はい? ゲッ……
 お味噌汁の碗を持ち、振り返った彼女は、彼女ではなくなり……天道寺に変わっていた。
 ハッとして、目を開くと、相変わらずTVではアイドルユニットが腰を振りながら歌っていた。
 一人を楽しむつもりだったが、早く寝た方がいいのかもしれない。
 癒されたい相手が天道寺のはずはないのに…… 自分の妄想にショックを受け、ヨロヨロと風呂場へ向かった。
 さら湯の刺激を受けるのは、ここに越してきて以来初めてだ。
 別に二番湯でも構わないが、たまには肌に塩素がチクチク刺さるような尖った湯もいい。
 マイルドさには欠けるが、湯が澄んで見える。
 課長のマンションも一人で暮らすなら快適だと思う。
 焼けてしまったアパートとは、天と地との差がある。
 が、こんな高級マンションに住んでいたら、金が貯まるはずない。
 一体課長の給与は、どのくらいなんだろう?
 数字数字って、いうぐらいだから、俺達の血と汗と涙の売り上げが、課長の懐を潤しているのかもしれない。
 だとしたら、二課の売り上げに貢献している俺に、もう少し優しくあたってくれてもいいのに……
 最近、自分が女々しくなっているような気がする。
 やはり、男たるもの、一国一城の主じゃないけれど、自分で居を構えないと卑屈になっていくのだろうか……
 一人のんびりリラックスして過ごすつもりが、結果、自分の情けなさを再認識して終わってしまった。
 風呂から出ると、そのまま寝床に向かう。
 今俺が与えられているのは、四畳半の物置と化しているスペースだ。
 そこにベッドがあるはずもなく、フローリングの床に直に布団を敷く。
 自社製品でもなく、羽毛布団でもなく、量販店で購入したセットで廉価な化繊布団だ。
 慣れれば、この狭いスペースも化繊の布団も天国だった。
 少なくとも、ベランダに追い出されなかっただけでも、有り難い。
 課長の顔の痣が消えてくれてよかった。
 アレが消えなければ、俺は間違いなくベランダ行きだった。
 あの課長のことだから、冗談じゃなく、本気だったに違いない。
 少し冷んやりする布団に身体を滑らせる。
 まだ湯上がりで身体が火照っているので、化繊綿でも、さほど寒くない。
 そのうち、布団が体温で温まるだろう。
 それにしても、課長に飲まされたスタミナドリンク、全然効き目を実感しない。
 身体の芯から温まるって言ってなかったか? 
 確かに今、身体は温まってはいるが、いつもの風呂上がりと同じだ。
 特別身体の芯から熱が〜っていうのはない。
 もしかして…からかわれた? 
 マズイものを飲ませて反応を見たかっただけとか?   
 あり得る。課長なら、絶対あり得る。クソ…早く金貯めて…ここから出て行ってやるッ……ブツブツ不平を呟きながら、いつの間にか寝てしまった。
 
 数時間後。
 
 俺は一人、布団の中で悶えていた。

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