嘘だろッ!36 嘘だろッ目次


「あの…拓巳…、」

 言いだし難そうに、吉田が切り出した。

「なんだ?」

 ぶっきらぼうに返事した。

「…その…宗兄とは…もう……」

 こいつは、謝っておきながら、わざわざ人にイヤなことを思い出させるのか?

「何もない。部屋も出てるし、二度と会うつもりはない」

 正確には、『会えない』のだ。最後に俺が天道寺にしたことを考えると、顔を合わせられっこない。

「…それでか。荒れるはずだ……」
「荒れる?」
「呼び出されて、ボコボコに殴られた。俺のせいで拓巳を傷つけた…って…」

 課長にも同じこと言ってたらしいが……

「ピアスをチャラチャラ着けている見た目と違って、宗兄、空手の有段者だし、少林寺も囓っているから、滅多なことじゃ手をあげたりしないんだけど」

 でも、課長も殴られてたぞ?

「拓巳のことになると……鬼だ……アレ…」
「もう、関係ない」
「だよな。俺がボコボコに殴られたのは、自業自得だけどさ、友人を売ったツケは俺も負ったということで…」
「だから許せ、とは言うなよ」

 殴られた痛みと掘られたことを一緒にするな。身体の痛みの問題じゃないんだっ、このドアホ。

「…いやだな。言いません。口をきいてもらえるだけでも、有り難いと思っています」
 
 ハハハ、と吉田が笑って誤魔化した。
 話が本当なら、天道寺はまだ俺のことを気にしてくれているってことか?
 あんなことしでかした俺に、天道寺は最後優しかった。
 でも、もう、本当に関係ない…今後会うこともないだろう。

「いいのか、拓巳」
「何がだ?」
「明日の金糸堂」
「いいも悪いも、課長命令だ。遠山じゃないけど、せいぜいこの顔で営業頑張らせて頂きます。一課に迷惑かけないから心配するな」
「…そういう問題じゃなくて…。お前のとこの課長も、えげつないことするなって…。きっと嫌がらせだよ」

 えげつないって、そんなに酷い手を使って一課に割り込んだということか?

「課長が、何かしたのか?」

 確かに数字第一男で、家では暴君で姑根性剥き出しだけど、仕事でそう汚いことをするようには思えない。
 部下を利用するぐらいは日常茶飯事だが…。

「…あ、イヤ…、何でもない。忘れてくれ。俺の思い過ごしだ……。あの課長のことだから、売り上げ優先で、拓巳を割り当てたに違いない…と、思う。はは、まさか、公私混同しないよな…ハハハ」

 公私混同? 

「嫌がらせで、部下の休日を奪ったということか? 一応、売り上げ達成して、代休を申請しようかと思ってる」
「…拓巳…」

 こいつの、この同情的な目付き、前に見たことがある。いつだったろうか? 火事の時?

「…明日、頑張ろうな。俺、お前の味方になるから…」
「そんなに金糸堂のフェスタは大変なのか?」
「…なんとも言えないが…俺はお前の味方だ。きつい時は言ってくれ。ブースは離れていると思うが、目配せしてくれれば、助けに入る」 

 吉田が、俺の営業に関してこんなことを言うのは珍しい。 いつも、自分の数字に必死なくせに。

「それって、罪滅ぼしのつもりか?」
「…拓巳、厳しいな…。とにかく、辛かったら、言ってくれ…」
「課長も来るし、吉田のヘルプは必要ないと思う」
「げっ、課長も? 俺、明日休みたくなってきた……」
「うちの課長だから、一課の吉田には関係ないだろうが」
「……拓巳……、とにかく頑張ろう。気に入らないかもしれないが、心の中で応援だけはさせてくれ〜〜〜」
「大げさなヤツだ…。早く食え。先に行く」 

 まだ食べている吉田を待ってやるほど、俺もお人好しではなかった。
 会話はしているが、吉田を許せるようになるには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
 心が狭いのかもしれないが、当分無理だろう。

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