嘘だろッ!35 嘘だろッ目次


「…遠山、俺と変わるか?」
「無理ですよ。俺、先輩ほど顔に自信ないし、数字上げないと、ボーナスに響くんでしょ?」
「ちゃっかり、そこのところ、聞いてたのか。それにしても、お前、失礼なヤツだな。俺、顔だけかよ…。ちゃんと、営業しているって」
「そりゃ、そうでしょうけど…。やはり女性ってパッと見、イケメンの方に行くでしょ? その点、先輩は有利なんです。自覚ないなんていうと、その天ぷら、俺がもらいますよ」

 後輩からも、顔だけみたいに言われる俺って、一体どうなんだよ。
 ちゃんと営業トークの練習だって、羽毛布団の知識だって、人一倍勉強しているつもりなんだけどな。
 そう言えば、天道寺は、俺の説明、ちゃんと聞いてくれた。

「自覚ないから、これやる」

 天ぷらそばの上に載っている衣だらけのエビ天を遠山のキツネうどんに載せた。

「いいんですか?」
「ああ、食えよ」

 遠慮なくと、遠山がエビ天にかぶりついた。 
 火事以来、課長から幾度となく「顔だけ」と言われ続けてきたが、もしかしたら二課の連中全員そう思っているのかも知れない。
 数字を上げたことで、頑張りを認めてもらっていると思っていたが、実は「顔で取った数字」と陰口を叩かれているのかも知れない。
 急に虚しさが込み上げてきた。
 箸を休め、ぼ〜っと、つゆに沈む蕎麦を眺めてたら、蕎麦の上に、エビ天が戻ってきた。

「これ、食え。拓巳は顔だけじゃないぞ。まあ、顔は有利かもしれないけど、営業もちゃんとしている。横いいか?」

 吉田が立っていた。

「吉田さん…、顔…、喧嘩でもしました?」
「ああ、ちょっと。酔っぱらって」

 遠山が吉田の顔に素直に素直な感想を洩らす。
 実際は、俺に殴られた痕なんだが…あれ、おかしい。
 俺が殴ったのは左のはずだが、左じゃなく右頬がうっすら茶に変色している。
 俺の許可が欲しいのか、まだ吉田はトレーを持ったまま突っ立っている。

「座れよ。エビ天、いいのか?」
「食ってくれ。ほんのお詫びだ」
「…だったら、俺…安いな」
「…」

 俺と吉田の間に冷たい空気が流れた。

「先輩方、俺、先に行きます。どうぞ、ごゆっくり」

 俺達の不穏な空気を察したのか、遠山がズズズとキツネうどんを掻っ込み、二人を残して去っていった。

「拓巳、ホント、悪かった。この通りだ」

 吉田が俺に頭を下げた。

「何に対しての謝罪なんだ? 俺をいとこに売ったことか?それとも俺が…その…アレ…されると分かってて、黙ってたことか?」
「それは…、全部だ…。でも…俺…、あ、いや何でもない。俺が悪かった。だから、口ぐらいきいてくれよ。な?」
「な? じゃないだろ。俺は、俺は、」

 ゲイじゃないのに、男のアレを口に咥えたり、尻掘られたんだぞっ! そんな簡単に済まされるかっ! と、叫びたかった。ここが、社食じゃなければ、叫んでいただろう。 叫べない変わりにテーブルをバンと拳で叩いた。 
 俺の激高を感じたのか、座っていた席を立つとそのまま床に座り込み、土下座を始めた。

「本当に、悪かった! スマン!」

 おい、まじかよ…… 

「わかったから、席に着けよ。注目浴びてるぞ……」
「許してくれるのか?」
「口はきいてやる。エビ天くれたし…俺の営業も認めてくれたし…」

 最大級の譲歩だ。

「良かった。拓巳、ありがとう」
「ほら、座って食べろ」

 とは言ったものの、俺の吉田に対する不信が消えたわけじゃない。
 吉田が、俺の顔色を窺うように、チラ見しながら箸を進めるのも気に入らなかった。
 しかし、課長からも『仲良くしろ』と幼稚園児並の扱いを受けているので、ここは大人になろうと、努力した。


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