嘘だろッ!34 嘘だろッ目次


「ホントの所はどうしたんです? 俺のコート貸した日から何か変ですよ」
「火事以来、どうも落ち着かない生活なんだよ。金も無いから、仕事が終わってから道路工事の誘導のバイトと造花の内職しているんだよ」

 これこそ冗談なんだが…

「だと、思ってました。社則に反しますからね。大丈夫です。俺、秘密は守れる男ですから安心して下さい」
「ありがとうな」

 課長宅に世話になるようになってから、一週間が経った。 
 待ちに待った給料日も過ぎ、少し懐が温かくはなったものの、俺の疲労はピークを越えていた。後輩相手に、ぼやいてしまうほどだ。
 酷いのだ。鬼なのだ。今時昼ドラでもここまで酷い姑はいないだろう、というぐらい、仕事以上に実はいびられていた。そりゃ、家事が条件だったが、自分で何一つしない割りにはチェックが厳しいのだ。
 何かと天道寺と比較される。

「あの部屋は綺麗だったよな〜」

 とか、

「お前、ホントに雪と暮らしてたのか? 雪の家事の手伝いしてないの、バレバレ」

 とか、知っているくせに

「一体、何の手伝いしてたんだか…」

 と、嫌味まで含まれていた。
 人が天道寺の事を必死で忘れようとしているのに、ことある毎に引き合いに出し、俺の反応を観察してるのだ。課長の性格の悪さを日々感じていた。

「何ヒソヒソやってるんだ。お前ら、女子高生か。久野、ちょっと来い」
「わっ、出たっ!」
「人を化け物みたいに言うとは、いい根性してるな、久野」
「化け物だなんて、滅相もございません。突然現れたので驚いただけです」
「ふん、どうだか」

 これ以上機嫌を損ねるのはマズイと急いで課長のデスクへ行く。

「お前、明日は暇だろ。金糸堂のフェスタに二課も食い込ませてもらうよう、一課と金糸堂の営業に話を付けてきた」
「金糸堂って、あの金糸堂ですか?」
「ああ、あの高級ジュエリー専門店の金糸堂だ。一課のルナシリーズを卸しているあの金糸堂だ」

 一課でないので、宝石についてはあまり知らないが、ルナシリーズが最高級ラインだということは知っている。

「今回、あちらさんでも初めての試みだ。売り上げ次第で、次のフェスタから第二課も絡めてもらえる。しかも顧客通販にうちの布団を卸してもらう手はずだ」
「じゃあ、重要じゃないですか」
「その通りだ。金糸堂に羽毛布団の知識のある社員はいないから、お前次第だ。俺も午後から応援に行く。俺とお前で一千万の目標だ。一課からは吉田とデザイナーが出向く」

 吉田が一緒なのか。あれ以来口をきいてない。
 吉田は話しかけてくるが、俺が無視している。

「デザイナー? 一課の課長は来ないのですか?」
「一課にしてみれば、高級というだけで通常の展示会と変わらないからな。それに、うちから大勢出向かなくても、金糸堂の社員は皆宝石売りのプロだ。まあ、ブランドの顔でデザイナーとその補佐役がいれば十分ってことだろ。うちはそうはいかないぞ」
「はい。頑張ります」
「ここで成績上げなかったら、ボーナスの査定に響くぞ。公私混同せず、仕事中心でやれよ。吉田とも、仲直りしとけ」

 嫌です、無理です、と言いたいところをグッと我慢して、

「わかりました」

 と、答えた。

「それとお前、最近、顔色が悪い」

 誰のせいですか!
 あなたが俺を家事労働で扱き使うからでしょ!

「これを、夕方に飲んで明日に備えろ」

 怪しげなドリンクの瓶を渡された。ラベルがハングルで書かれていて、読めない。

「美肌成分コラーゲンたっぷり配合のスタミナドリンクだ。そんな顔色じゃお前の武器も半減だからな。肌と体力、これで補っておけ」 

 大丈夫かよ…これ…。渋々鞄に終った。
 渡された金糸堂フェスタの資料に一通り目を通すと、遠山を誘い、少し早い昼飯に出掛けた。

「結局、ここになりましたね」
「ああ、まあ、安い分には歓迎だ」

 いつもより早い時間の昼食だったが、他の会社の昼休みと重なっていたらしく、普段なら問題ない店も満席で、結局俺と遠山は会社の食堂で、済ますことにした。

「先輩、明日金糸堂ですか。いいなぁ。俺も参加したい」
「そっか? 俺は初めての所は苦手だ。客層も掴めないし」
「金糸堂だったら、モデルや芸能人も来そうじゃないですか。あそこの顧客、そういうの多いらしいですよ。しかも金糸堂のフェスタって、確か、選ばれた人しか招待されなかったはずです。いいなぁ〜、休み返上でも俺、行きたい」
「休み返上?」
「やだな、先輩。明日は土曜日ですよ」

 今日が金曜日だってこと、忘れていた。月曜日代休もらえるのか打診しておくべきだった。


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