嘘だろッ!33 嘘だろッ目次


「起きろ、久野」

 耳元でがなり声が聞こえる。

「朝だ起きろ。土曜だからって、ダラダラするな」

 脚を蹴られた。目をゆっくり開けてみるが、朦朧としていて、視界が冴えない。

「朝飯、食うんだろっ! さっさとおきやがれっ!」

 頭をバコーンと叩かれた。
 何すんだよ、と叩いた主がいる方を向くと

「課長っ! え? は、あれ? えっと、お早うございます。…課長? 顔が…」
 
 課長が立っていた。左目の周辺に緑色の痣を作って機嫌悪そうに立っていた。
 課長の寝室で俺は寝ていたらしい。昨日、俺が片付けた部屋だった。
 何かが、おかしい。俺、なんでここにいるんだ? 
 俺…確か……、そうだよ、俺っ、大変なことしでかしたんだっ!

「顔が、じゃねえんだよっ!」
 
 凄い形相で怒鳴られた。

「久野、お前、ホント、大馬鹿ヤロウだっ!この顔はな、お前のせいだ。月曜日迄に元に戻らなかったら、お前の寝場所はベランダだ。覚えておけっ!」

 俺のせいと言われても、俺が殴ったのは課長じゃなくて、天道寺だ。

「…俺、課長を殴ってないと…思いますが…」
「ああ、その通りだ。お前、昨日ここを飛び出してから、何処にいた? 答えろ」
「…天道寺さんの所です」
「だよな? お前、そこから、ここに戻ってきた記憶あるか?」
「…ありません」

 記憶にあるのは、天道寺の胸に抱かれて慰められていた所までだ。

「ぐっすり眠っているから迎えに来いと呼び出されて、迎えに行ったら、いきなりコレだ」

 課長が自分の痣を指さした。 

「天道寺さん?」
「他に誰がいる。俺がお前を傷つけたとかなんとか、凄い剣幕で殴られたんだぞ! お前、二度とあそこに行くなよ。分かったか? 課長命令だ」
「…天道寺さん…その…アノ…他に何か言ってませんでしたか?」
「何かあるのか?」

 ギロっと、睨まれた。
 俺が無理矢理強姦したこと、課長に話してないんだろうか?

「…いえ…別に…」
「何があったか知らんが、お前、雪に薬盛られてたんだぞ? 睡眠薬飲まされてたんだ」 

 あの時、口移しで飲まされた水に入っていたのだろう。 他に何も口にしていない。

「自分から出たんだ。もう用はないはずだよな? これ以上俺に迷惑かけたくなかったら、雪の所へは二度と行くな。行ったら一課に回すから、覚悟しとけ」

 はい、と小声で答えた。自分が天道寺にしたことを考えると、行けるはずもなかった。 
 課長の言うとおりだ。自分から出たんだ。忘れてしまおう。全て忘れてしまえばいいんだ。
 天道寺もそう言ってくれた。その言葉に甘えさせてもらえばいい。

「…お腹空きました…」
「早く、顔を洗ってこい」

 課長宅での生活が始まった。

「先輩、最近顔色悪いですよ? やつれてますよ…気怠そうだし。彼女との夜が激しいとか?」
「彼女との激しい夜? いいなぁ、そういうのも」 

 周囲を見回し、課長がいないことを確認した。
「いいか、誰にも言うなよ。これは俺とお前だけの秘密だ」
 ナニナニ、と向かいの机に座る遠山が身を乗り出してきた。
「…俺、継母に苛められているの。仕事終わって帰るだろ。俺を待ち受けているのは、家政婦並の労働なんだよ。掃除洗濯調理は当たり前、完璧かどうか、指チェックが入るんだぜ。ベッドメイキングもゴミの仕分けも全部俺なんだ。俺、多分、お婿にいけそう」
「先輩、営業トップのくせに、冗談下手すぎです。いい年して、継母って…笑えるには笑えますけど。だいたいご婦人が営業のターゲットの癖に、継母って。シンデレラ願望があるとは。先輩Mなんですね」
 冗談じゃないんだよ。継母が課長だっていうだけで、実話なんです。

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