嘘だろッ!32 嘘だろッ目次


「…あぁ…、はぁ…、強姦した上に、中出しですか……降りて下さい…もう、気が済んだでしょ」

 吐精後にあるはずの爽快感はなく、あるのは脱力感だけだった。
 朝、ここを出てから、課長に首の痕を指摘され、吉田に三十万の話を聞かされ、会議室で大泣きし、この部屋を出ることになり、課長の部屋の大掃除をさせられと、火事以上に辛い一日だった。その上、課長から天道寺との情事を聞かされ、頭に血が上り、その気のない天道寺を襲ってしまった。

 …俺、犯罪者だ…

「…天道寺さん……俺…、」

 謝らなければならない。
 やっと、自分のしでかした事の大きさに気付いた。
 天道寺が課長と寝ようがどうしようが、俺に咎める権利はないのだ。頭にきたからといって、感情をぶつけていいはずがない。

「…俺…なんて…事……」
「やっと、冷静になりましたね。とにかく、俺の上から降りて下さい。顔も冷やしたいですし、中のモノ出さないと」

 天道寺の頬は紫に腫れていた。口も切れている。俺が殴ったせいだ。そして、天道寺の体内には俺の残滓が留まっている。

「…最低だ……俺…」

 自分が天道寺にしたことが怖くて、身体が小刻みに震えだした。
 震える俺の身体から天道寺が自分の身体を抜く。ゆっくりソファから降り、バスロープを正すと、俺を残し消えた。風呂場へ行ったのだろう。
 謝罪しなければ、と思いながら、同時に、早くこの場を立ち去りたかった。天道寺と顔を合わすことが怖い。自分がした卑劣な行為が天道寺の身体に、痣と傷となって残っている。逃げ出したかった。逃げたくて、離れたくて、忘れたいのに、身体が動かない。自分勝手にも、自分のしでかしたことに、衝撃を受けていた。

「久野君、それ、終(しま)ったらどうです」

 短い時間で天道寺が戻ってきた。俺は天道寺を襲ったままの姿でいたらしい。だらしなく前を出したままだった。指摘され、収めようとするが、手が震えて思うようにならない。

「不器用ですね」
 天道寺が、腰を屈めると、俺の手を払う。そして、俺の萎えた中心を事務的に下着の中に収めると、ズボンのファスナーを上げた。

「震え、止まりませんね。顔も酷い状態です」 

 天道寺の顔のことかと思っていたら、違った。
 天道寺がまた目の前から消え、今度は水の入ったコップと絞ったタオルを持って戻ってきた。

「大声を出していたから、喉も渇いているでしょ。顔も腫れてますよ。あなた、今日何回泣いたのです? 冷やしなさい」

 コップとタオルを渡された。冷やさないといけないのは天道寺の方だ。
 まだ、謝罪もちゃんとしてない。謝罪の言葉のつもりで、渡されたタオルを天道寺の顔に当てた。

「久野君が先でしょ。俺はシャワーで冷やしました。後でまた冷やしますから、大丈夫です」 

 俺の手からタオルを取ると、天道寺が俺の顔をタオルで拭き始めた。

「これで少しは見られます。水、飲んで下さい。落ち着きますから」
 
 乱暴を働いた相手に、世話を焼かれていた。天道寺がどういうつもりなのか、サッパリ分からない。出て行けっ、と怒鳴られるのなら、まだ分かるのだが…
 コップを口元に運ぶ。依然手が震えていて、上手く飲めない。手だけじゃなく、歯もガチガチ震えていた。

「飲めませんね……」

 天道寺がコップを取り上げると、俺の横に座った。

「なっ、」

 天道寺に抱き寄せられたと思った瞬間、天道寺がコップの中身を口に含むと、俺の口に水を流し込んだ。

「…ど…して…」
「可哀想に……俺のせいです」

 俺に水を飲ませた天道寺が、震えの止まらない俺の身体を胸に抱き寄せたまま、俺の背をさすり始めた。

「さっきのことは、忘れてしまいなさい。久野君が責任を感じることはありません」

 強姦した相手から慰められていた。

「傷は、久野君の方が深い。俺は平気ですから」

 俺は傷なんか負ってない。傷を負ったのは、天道寺じゃないかっ。

「こんなに震えて…久野君、何も考えなくていいから…」

 天道寺の胸は温かかった。さっきは俺を拒絶した身体が、俺を包み込んでいた。よしよし、と子どもをあやすように、背中には天道寺の掌があった。

「…ごめん…なさい…」

 やっと、謝罪の言葉が吐き出せた。

「ごめんなさい……天道寺さん…くっ…」
「折角顔を拭いてあげたのに、泣かないで下さい。もう、謝らないで下さい。これで、おあいこにしましょう。三十万円の事で俺は君を傷つけた。だからお互い傷を負ったということで、イーブンです」

 優しくされる理由が分からない。三十万円の事があったとしても、俺が天道寺にした暴力行為は許されるものじゃない。だけど、天道寺が言っていることは、俺を許すということじゃないか。
 今日何度目かの涙が、天道寺の胸を濡らしていた。

「アホな子ですが…良い子ですよ…。君は純粋なんでしょうね…」

 天道寺の声が段々遠くなる。天道寺の体温が誘うのか、泣きながら俺は睡魔に引きずれていった。

『やっと、薬が効いてきましたね』

  …薬? って、何だ………
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