嘘だろッ!30 嘘だろッ目次


 この怒りがどこから来るものか、どうして、こんなに歯痒いのか自分でも理解できない。
 天道寺とセックスをしたという課長への怒りなのか、課長を受け入れた天道寺への怒りなのか、分からない。
 課長に組み敷かれた天道寺の姿が頭に浮かんできて、余計俺を苛立たせる。
 上着も羽織らず、借り物のコートも羽織らず、片付けのために腕を捲ったシャツとズボンのみで、二月の冬空の下を駆けていた。気が付けば、数時間前に、もう二度と来ることはないと思っていた天道寺のマンションの前に立っていた。
天道寺の部屋番号を何度も何度も押す。
 ストーカーの嫌がらせか、と自分でも呆れたが、天道寺に会ってやる、直接会って課長とのことを聞くんだと躍起になっていた。

『誰の悪戯かと思えば、久野君じゃないですか? 忘れ物ですか』
 
 気怠い声で応対された。

「…話がある…、開けて下さい」
『俺にはありません。お引き取り下さい』

 そこで切れた。

「天道寺さん、天道寺さんっ、開けて下さいっ!」
 
 俺からは天道寺の姿は見えないが、天道寺からは見えているはずだ。電源さえ切らなければ、モニターの映像は通話状態じゃなくても映し出される。
 通話用のマイクをオンにさせたかった。
 何度も何度も部屋番号を押した。微かに天道寺の息遣いが聞こえ、通話状態になっていることが分かった。
 でも、天道寺が声を出すことはなかった。俺が大人しく去るのを見届けるつもりなのだろう。
 が、その天道寺の態度が余計俺の怒りを煽った。
 どうして、俺の話を聞いてくれないんだ? 
 課長をあげたのに、俺は駄目なんだ? 
 冷静に考えればその理由は分かるが、―――課長と天道寺は、もともと知り合いで、俺とは金銭を介しての関係。 興奮状態の俺には、天道寺の行動が理不尽以外の何物でもなかった。 

「天道寺さん、聞いているんでしょっ、開けて下さい。入れて下さいっ!」
 
 興奮状態がマックスになったのか、泣き叫んでいた。

「課長と、課長と寝たって本当ですかっ!」 
 
 そこが建物外ということさえ失念していた。

「セックスしたって、本当ですかっ!、天道寺さん!」
『…久野君、そこ外ですよ? 君は俺のココでの生活を妨害する気ですか? 住人の方が変に思われるでしょ。しょうがない人ですね。開けますから、静かに入りなさい。静かにです』

 呆れ果てたという感じだ。怒っているようにも感じる。 構うものか。頭にきている度合いは俺の方が遥かに上だ。
 午前中に出てきたばかりの部屋へと向かう。
 玄関のドアノブに手を掛けると、開いていた。お邪魔します、と挨拶をするわけでもなく、黙って入り、靴を脱ぎ、玄関先からリビングに通じる廊下をバタバタと小走りで進む。

「困った人ですね」

 まだ日が高い時間帯だというのに、バスロープ姿の天道寺が腕を組んで立っていた。
 課長との情事があったと白状しているような格好を目にしても、どこかに信じたくない部分があった。

「立ってないで、座ったらどうです?」

 俺に背を向け、ソファへ向かおうとした天道寺に、俺は飛びかかった。

「本当なんですか! 課長と寝たって本当なんですかっ!」
 
 天道寺の背面のバスロープを鷲掴みで叫んだ。

「久野君よりも、むしろ真司の方が困った人かもしれませんね。わざわざバラすこともないのに」

  …本当…だった…嘘だろ……課長と……天道寺が……
 ガクッと、全身から力が抜けた。

「…なんで…?」

 バスロープから両手が離れ、口から出たのは間抜けな質問だった。

「理由ですか? そんなもの、気持ちイイからに決まっているでしょ。寝たいから寝る。快楽を与えるのも与えられるのも気持ちイイからでしょ。与えられる気持ちよさは、久野君だって経験済みじゃないですか?」

 俺に背を向けたまま、天道寺が答えた。

「…それだけ、だって言うのか? そんな簡単だって……」
「何を今更。久野君とのお手伝いだって、『それだけ』だったじゃないですか。真司とも同じ事です。あなたが出て行って、俺は一人。誘われれば寝ますよ。性欲ありますしね」
「…そんなの、おかしい…」

 天道寺にとって、俺と課長の間に差はないってことか? 誰でもいいのか? 

「何がおかしいのです。おかしいのは久野君でしょ? 俺と久野君の間にあったのは、身体の関係だけじゃないですか。なのに、俺が真司と寝たからって、自分から出て行ったくせに、戻ってきて。しかも人目も憚らずに大声で泣き叫んで。訳がわかりません」
「…おれが、おかしい?」
「ええ。まるで、ヤキモチ妬いている女と一緒ですよ。俺が好きなんですか? 俺を恋愛対象として見てるのですか?」
「な、」
「違うんでしょ? だったら、今すぐお帰りなさい。もう、二度と顔を見せないで下さい。俺は中(あたる)に三十万払って君に手を出した。暇を持て余した俺の遊びです。中が金に困っているのを知って冗談で言ったら、中が本気にして、君を俺に紹介した。それだけのことです。俺に遊ばれただけなんですよ。これ以上、ここに居てもしょうがないでしょ。真司の所へ戻りなさい」

 …遊び? そんなこと、分かってる!

「うるさいっ! こっち向けよッ!」

 認めやがって、俺で遊んだって認めやがってっ! 
 クソ、なんで違うって言ってくれないんだ!
 他に理由があったって…言えよ! 
 天道寺の腕を掴み、無理矢理俺の方に向かせた。


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