嘘だろッ!29 嘘だろッ目次


「へえ、久野にも顔以外の取り柄があったのか。家政婦断って正解だった。まあ、人間やればできるということだ」

 それを課長が言いますか? だったら、課長がやって下さい。俺だってそこまで片付け上手ではないんですよ。しかも、ここ、広すぎですっ! 
 人がへとへとになっているところへ、お気軽な調子で帰宅してきた課長へ、恨みがましい気持ちを抱いても罰は当たらないだろう。ありがとう、ご苦労だったな、のねぎらいの言葉一つない。

「はい、これ。少し遅くなったけど昼飯にしよう」

 渡されたコンビニ弁当の袋。何故か三つ。

「…二人分にしては多すぎませんか?」
「昼と、夜と、明日の朝の分だ」
「三食とも、コレですか? 材料仕入れてくるんじゃ…」

 材料買ってくると言ってたじゃないか。
 コンビニ弁当も悪くはないが、三食続けては、胃もたれしそうだ。
 せめて、スーパーのお総菜も混ぜて欲しかった。

「久野、礼はいらん。俺も案外優しいところがある、とさっき自覚した」
「優しいって、課長がですか?」
「そうだろ? 疲れたお前に今日だけは楽させてやろうとしてるんだ。明日の昼から、お前作れよ」

 家事の中に、料理まで入っていたのか。
 一人の時はスーパーの出来合い総菜が多かったし、今日の朝食までは天道寺の手料理だった。
 正直、あまり料理は得意じゃない。

「さあ、食うぞ。俺も腹ぺこだ」

 俺が片付けたダイニングのテーブルで弁当を食べ始めた。まだ温かい。
 帰宅直前にコンビニに寄ってたということだ。

「あの、課長、二時間も掛けてコンビニですか?」

 俺の質問は至極当たり前だろう。俺が汗水垂らして片付けている間、一体何をしてたんだ? 

「久野、いつからお前は俺の女になったんだ」
「は?」

 俺の質問と課長の応答、ずれてないか?

「久野は俺に抱かれたいのか?」
 
 んなわけないだろっ。
 ブルブルと顔を横に振った。

「だったら、俺のことを詮索するな。プライベートなことを訊くな。訊いていいのは俺の女だけだ。違うか?」
「…違いません」

 としか、応えようがない。
 しかし、内心では、二時間俺一人で片付けさせたんだから、理由ぐらい聞く権利はあるだろ、と毒づいていた。
 よくよく考えたら、営業職を俺の何倍もの年数やってきた課長に、俺が何を言っても敵うわけがない。
 しかも、相手は上司だ。更に、今日からは大家だ。その上、今日は恥ずかしいことのオンパレードを全部見られている。ここを出て行けるだけの金が貯まるまでは、理不尽でも、俺はYESマンでい続けるしかないんだ。
 よし、負けるな、俺、頑張れ、俺、きっと明るい未来が待ってるゾッ!

「お前、大丈夫か? なにを一人で小さくガッツポーズしてるんだ。静かに、食え」
「…すみません」

 自分を勇気付けただけなのに、変なヤツだと呆れた表情を向けられた。その後は静かに食うことだけに集中した。

「久野、俺の二時間より、もっと訊きたいことがあるんじゃないのか」

 先に食い終わった課長がペットボトルのお茶を片手に口を開いた。

「ありません。俺、課長の女じゃないですから」
「久野のくせに嫌味か。ふん、まあいい。お前の大家と、もとい、前大家と俺との関係が気になってるんじゃないかと思ったんだが」

 俺の箸が止まる。

「…いえ…別に」

 そんなこと、今更知ってどうなるんだ。そりゃ、気にはなる。
 普通の友人同士にしては年が離れているし、友人でキスはしないだろう。普通はしない。
 でも、課長と天道寺が普通かといえば、それも違うし…普通はしないことも、有りかもしれないし…って、俺の頭グチャグチャじゃないか。

「お前から訊いてくると思ったがな。訊いて来なかったし、片付けもしてもらったわけだし、ご褒美に、俺の空白の二時間について教えてやろう」 

 天道寺との関係を教えてくれるんじゃないのかよ! 
 二時間のことなら、俺が訊いた時に、素直に教えてくれれば済んだ話じゃないか。俺の女云々は、結局課長の意地悪だったってことか? 
 はあ、俺、この人と生活していけるのかな…憂鬱だ。

「ここを出てから、雪の所に行った。久野は別に雪に特別な好意は持ってないんだよな?」 

 天道寺の所に?

「はい…」
「なら、問題ないな。雪と寝てきた」
「・・・」

 お昼寝…なわけないよな?

「寝るって…言葉通り…ですか?」
「言葉通りってなんだ? 頂いてきた。お前は頂かれたんだろ? ああ、スマン。お前はアホだったな。ハッキリ言ってやろう。セックスしてきた。以上」

 以上? 以上、じゃないだろっ!

「ふ、ふ、ふ、」

 足の裏から血流が一気に脳天まで駆け上がった。

ふざけるな――っ !

 相手が上司ということも、今日からお世話になる相手だということも忘れ、怒鳴りつけていた。
 箸をテーブルにバンと投げつけると、俺は課長の部屋を飛び出した。


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