嘘だろッ!28 嘘だろッ目次


「これ、俺が…俺一人が? 冗談ですよね?」 
 
 目の前に広がる大海原、じゃなかったゴミの山、もとい、物ものモノの山。
 イヤ、やはりこれは海と表現するべきか、床が殆ど見えない……見事なまでに散らかった部屋を前に、唖然としてしまった。

「どうして俺が久野相手に冗談を言わなきゃならんのだ? さっさ片付けろ。お前だって、寝床は欲しいだろ」
 
 天道寺のマンションより豪華な造りだと見て取れるが、だが、焼失した俺のボロアパートより汚い。
 いつもビシッときめている課長とこの部屋とのギャップに、キツネに抓まれているんじゃないかと疑ってしまいそうだ。
 今日は朝から色々と嫌なことが続いたが、最後に待ち受けていたのがコレかよ、と落ち込んで座り込みたかった。だが座ったら最後、借り物のコートに何かが付着しそうだ。

「課長、まさか、全ての部屋がこんな状態なんじゃ…」
「心配するな。クローゼットの中と洗面台だけは片付いている。身嗜みは仕事のうちだからな」
「それって、そこ以外は全て散らかっているということじゃないですかぁ」
「おいおい、たった一週間の散らかし具合だから、そんなに酷くないぞ。先週の金曜日に家政婦が片付けたから」

 一週間でここまで散らかるのか?
 変なキノコとか生えてそうな勢いだ。弁当のカラからペットボトルまで転がっているし、気のせいか身体のアチコチが痒い。

「家政婦さんは週何回来てくれるのですか?」
「金曜日だけだが、もうそれも断った。もう必要ないだろ。お前が会議室でピーピー泣いている間に派遣元に電話したから、気兼ねなく片付けろ」

 ……むしろ、気兼ねしたかった……

「大丈夫だ。ゴキブリはいない。久野のボロアパートには大層な数いたそうじゃないか」
「何で知ってるんですか」
「そりゃ、評判だったからな。ケチの久野は金を愛しすぎてゴキブリと同棲しているらしいって。まあ、数字の伸びない奴らの僻みだが。でも皮肉なもんだ。そうまでして貯めた金全部パァっていうのも。きっと神がお前にもっと売り上げに貢献しろと、やる気が出るように仕向けたんだろうな」

 そんな神がいるかよ。真面目にコツコツやってきた俺から金を巻き上げ、それから……その先は今は考えまい。 考えたところで、虚しくなるだけだ。ああ、現実、この目の前の光景が虚しいのだが。

「掃除道具、どこにあるか分からないから、適当に探してくれ。ゴミの袋は多分台所の流しの引き出しにでも入っていると思う。お前、ゴミの分別も出来るよな? じゃあ、よろしく」
「よろしくって、まさか、課長、俺をここに一人置いて出掛ける気じゃ…」
「おいおい、寂しいとか言うなよ。言っただろ。俺はお前に甘えられてもグッとよろめいたりはしないからな」
「言いませんっ! 一人で楽(らく)しようなんて狡い、って言いたかっただけです。一人でやるより二人で片付けた方が早いじゃないですかっ」

 俺の言葉に、課長が大げさに「はあ〜」と溜息をつく。

「今日、コレ、何度も口にしているが…再度言ってやろう。だから、お前は顔だけって言われるんだ。この部屋に置く条件を俺はちゃんと久野に伝えたぞ? よ〜く、思い出してみろ。その皺のなさそうな脳味噌働かせて」

 覚えてるよ。家事全般だろっ。

「…家事の範疇を越えてませんか? ハウスクリーニングの業者に頼むレベルです…だから…少しぐらい手伝ってくれても……」
「その甘い考え方、捨てろ。そんなんだから、吉田と雪につけ込まれるんだ」

 そこで、天道寺を引き合いに出すなよ…

「ということで、俺からの愛のムチだと思って頑張ってくれ。二時間でなんとかしろよ。特別に今日は俺が昼飯と夕飯の材料を買ってきてやる」

 嘘だろッ、たった二時間なんて、無理だっ!
 鬼、悪魔と胸の裡で暴言を吐いているうちに、課長はラフな服に着替え、俺をゴミの巣窟に残し、出掛けていった。
 やるしかない…
 
 洗面所でタオルを見つけると、それをマスク代わりに口に巻き、まずはゴミを捨てることから始めていった。


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