嘘だろッ!25 嘘だろッ目次


 「課長、俺、鍵持ってます」

 マンションの入口で課長が天道寺の部屋番号を押す。
 オートロックを解錠してもらう為なのだが、横に俺がいるのだ。必要のない行為をしている。

「いい、けじめだ」

 直ぐに中に入れるのに、わざわざ天道寺に解錠してもらう意味が俺には分からない。

『はい。珍しいこと。何か?』

 モニターの映る課長の姿で、直ぐに誰だか分かったようだ。
 やはりこの二人は知り合いだったんだと確信した。

「さっさと開けろ」
『開ける理由がありません』
「俺にはある。久野も一緒だ」
『映ってますよ。彼、鍵を紛失したのですか?』
「なくしたものは別の何かだろ。さっさと、お前が開けろ」

 天道寺をお前呼ばわり? 
 この二人、そんなに親しい間柄だったのか?

『相変わらずの、不貞不貞
(ふてぶて)しさだこと』

 オートロックが解錠され、課長と俺はマンション内へ入り、部屋まで向かう。
 課長は部屋番号もそうだったが、どこに部屋があるのかも熟知しているようだ。
 俺よりも先を迷うことなく進んで行く。部屋に着くと、既に天道寺がドアを開けて待っていた。

「久野君、お帰りなさい。早い帰りですね。どうかしたのですか? 凄い顔してますよ」

 課長を無視して、天道寺が俺だけに声を掛ける。
 天道寺の声を直に聞くだけで、身体に熱が籠もる。
 天道寺の体温・皮膚感だけでなく、声も匂いもすっかり身体が覚えている。
 目を合わすことが出来ず、俺は自分の足元を見ていた。

「寒いでしょ、早く中に入りなさい」

 俺だけを中に入れようとする。

「邪魔するぞ」

 俺を手招く天道寺を無視して、課長が割り込むように先に入る。

「久野、早く入れ。お前、することあるだろ。荷物まとめて来い。話は俺がつけておいてやる」
 
 課長が、さっさ行けと、俺を追い払おうとする。

「荷物をまとめる? 久野君、何の話ですか?」

 少し怒ったような声だ。
 だが、腹が立って、哀しいのは俺なのだ。朝、ここを出て行くときは、早く帰って来ようと思っていた。
 早く天道寺の元に、側に、帰って来たかった。こんなに早く、課長と一緒に、帰宅するとは思っていなかった。

「…俺は…三十万ですか。……はは、買われてたんだ……、家賃、安いはずだ……」

 何かを言わずにはいられなかった。
 恨み辛みというやつなのかもしれない。
 天道寺を見ることなく、自嘲気味の言葉だけが洩れた。

「久野、止めとけ、俺の前だぞ。分かっているのか? 俺に聞かれたくないんだろ。さっさと部屋へ行って荷物まとめろ。大家と話しがあるから、用意が済んでも三十分は部屋へ籠もってろ。終わったら呼んでやる。それから、泣くな!」

 また、涙が流れていたらしい。笑っているつもりだった。
 行け、という課長の低音でドスの効いた声に押され、俺は天道寺の横をすり抜け、部屋へ向かった……天道寺の全てから逃げるように。
 引っ越して来てからまだ二週間弱。
 荷物がさほど増えるわけもなく、あっという間にボストンバックへの詰め込みが終了した。
 このバッグ一つで転がり込み、このバック一つで出て行くのかと、寂しい気持ちになる。 
 することがなくなると、課長と天道寺の会話が気になる。盗み聞くつもりはないが、ないが…ないが…、ないのだけれど……、二人の関係も気になり、そっと部屋のドアを開けた。
 勝手に耳に飛び込んでくるのは、盗み聞きにはならないだろう。


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