嘘だろッ!22 嘘だろッ目次

「吉田、なに、怒っているんだ? 俺たちが個室にいて、クソ出来なかったとか? 他の個室使えば良かっただろ?他の階にもトイレはあるし」
「課長みたいなこと、言うな。俺は小便に行っただけだ」
 
 吉田が鞄をドサッと床に落とすと、両手を俺の両肩に置いた。そして、凄い真剣な眼差しで、俺を見つめた。

「いつからなんだ? 隠さず言ってくれ」
「何が?」
「とぼけるなっ、課長とはいつからの関係なんだっ!」

 吉田って、こんなに短気だったっけ? 真剣な表情で苛ついている吉田が、なんだか面白い。
 ここで笑うと余計怒らせそうだという判断の元、溢れそうになる笑みをを抑えた。

「いつからって、そりゃ、もちろん入社してからだろ? お前だった知ってるじゃないか。二課に配属されてからだろ。お前熱でもあるのか?」

 吉田が、目を見開いて口をぽかーんと開けている。
 この友人のマヌケ面を目の前にして、これ以上、笑いを堪(こら)えることは難しい。

「…嘘だろ…、拓巳、俺にずっと…隠し事してたんだ……。てっきり、初めての男は宗兄と思ってたのに…。ナマコとかミルクとか変なこというから、経験ないかと思っていたのに……フェラがないだけだったんだ……」

 今、コイツ、なんて言った? 
 天道寺さんが、初めての男だって言ったんだよな? 

「課長と個室で乳繰りあう深い仲だってこと、どうして俺に知らせてくれなかったんだよっ! 課長とのこと、絶対宗兄に知らせるなよっ」

 俺と課長が乳繰りあうはずないだろうがっ!
 何処でそんな誤解が生まれるんだよっ!

「……吉田…」

 さっきまで笑いを堪えるのに必死だったのに、今の俺は頭の中の疑念を抑えるのに必死だった。

「頼む、拓巳。お前が課長を好きでも、どうか別れてくれ。この通りだっ! 他の誰とでもマズいけど、課長は最悪だっ!」
「…イヤだといったら?」
「ばれたら、俺が殺されるんだよっ! 宗兄にド突かれるっ!」
「…絶対イヤだと言ったら?」
「この通りだっ。二股は良くないと思う。お前がソッチの経験があるとは思っていなかったから…責任も感じていたんだっ。まさか、そんなに誰彼(だれかれ)構わず寝る人間とは思ってなかったんだよっ。だって、お前、大学の時からそんな素振り見せなかったじゃないか。年の割りに、お子ちゃまぶってたじゃないかよ。まさか、男二人を股に掛ける人間とは知らなかったんだよ」

 酷い言われようだ。コイツは本当に今まで俺の友人だったのか? 俺の何を見てきたんだ? 
 言ってることは俺がゲイで誰とでも寝る人間だということだろ? 

「…そういう人間と知っていたら?」
「宗兄のとこ、紹介しなかったに決まってるだろっ。ヤバイよっ、知らなかったじゃ済まされないよ……もう、金使っちまったし…リサーチ不足だって殺されるっ!」
「…金? 何の金だ?」
「決まってるだろっ、お前の紹介料だっ!」

 叫んだ後、自分の失言に吉田も気が付いたようだ。慌てて、口を押さえた。

「吉田…、それはお前が俺を売ったということなのか?」
「ははは、まさか、そんなわけないだろ。引き合わせたお礼を少しばかり…その…」
「幾らだ?」

 俺の質問に、吉田は指三本で答えた。

「三万円か」
「…三十万円」

 申し訳なさそうに、訂正された。

「お前、俺を三十万で売ったのか? 当然、天道寺さんが、俺に手伝いで何を要求するのか知ってたってことだよな?」
「…だから、責任感じてたと言ったじゃないか。ノーマルなお前を宗兄の餌食になるようなこと、申し訳なくて……でも、お前、もともと、ソッチだったんだろ? 問題ないじゃないか。普通なら借り手が払う敷金礼金を代わりに宗兄が俺に払ったと同じようなことだろ?」

 まさか、吉田に売られていたとは思わなかった。
 天道寺と俺の手伝いから始まった関係に、吉田が絡んでいるとも思わなかった。純粋に部屋を紹介してくれたものだと思っていた。
 足の裏から頭の天辺にかけて、怒りが湧き上がってくるのを感じた。血液が逆流しているように感じる。
 しかも猛スピードで。

「吉田…」

 名前を呼ぶと同時に、憤りで震える握り拳が、吉田の左頬に飛んだ。

「ッ、何をするんだっ!」

 よろけながら、吉田が俺を睨んだ。

「バカヤローッ! いいヤツだと思ってたのにっ! 俺はゲイじゃねぇし、課長ともデキていない」

 何で俺が睨まれなきゃ、いけないんだ。睨み付けるのは俺の方だ! 

「嘘付くな。トイレでイヤらしい声出してたくせにっ。小便してたら、奥から変な声が聞こえてきて、俺がどれだけ驚いたと思ってるんだっ!」

 反撃とばかりに、吉田が俺に掴み掛かって来た。

「はん? 勝手に誤解するなっ! 手を退けろっ」

 吉田を突き飛ばし、俺はネクタイを緩め襟のボタンを外した。

「お前のいとこが、変な痕つけてくれてたんで、課長がファンデーション塗ってくれてたんだっ!」

 俺は怒りに任せて手に持っていたネクタイで、首元を強く擦った。

「少しは見えるだろう? 変な声ってどういうことだっ、擽ったいのを必死で耐えていただけだ。『乳繰りあう』ってどういう頭してんだっ」
「…見える…、でも、拓巳、課長とは入社してからの関係だって…」

 非を認めるのがイヤなのか、まだ半信半疑の眼差しで問われた。しかし、声の大きさ半減している。

「お前が課長とはいつからの関係って訊くから、上司と部下の関係を問われたのかと思ったんだよ。お前のいう関係がソッチのことだって、普通思うわけないだろっ!」
「……じゃあ、拓巳は課長とは関係ないんだな? 付き合っているとか寝ているとかないってことだな?」
「当たり前だっ! 課長となるわけないだろ。俺はゲイじゃないっ!」
「あ〜、良かった。じゃあ、宗兄が最初の男なんだ。ホッとしたよ」

 ナニ、コイツ、一人で納得して一人安堵の表情を浮かべているんだ?

「そうだよ。落ち着いて考えたら経験者ならヤッたからって、そこまで寝込むこともないよな。わりぃ、わりぃ、動転してて、余裕なかったわ。宗兄と仲良くやってくれ、な、拓巳」

 ポンと肩を叩かれた。そこで、俺の理性は吹っ飛んだ。

「仲良くやれるかっ! お前とは絶交だっ」

 先程殴りつけた左頬に、更に一発決め、吉田が床に倒れ込んだのを見届けてから、歩き出した。
 拓巳〜と、声が聞こえるが無視だ。
 歩きながら、餌として喰われ続けたこの三日間の蕩(とろ)ける時間が思い出された。
 自分から求め、せがみ、与えられた数々の未知の悦び。でも、あれも吉田が俺を売り渡したからだと思うと情けなく、バカみたいに踊らされていたのかと哀しくなった。

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