嘘だろッ!2 嘘だろッ目次 |
「それで、確認だけど、久野君にはお付き合いしている方はいないんだね?」 別に見合いを勧められている訳ではない。 火事で全財産と寝場所を失ってから一週間、俺は今、吉田の紹介で彼のいとこ兼、彼の今いる部屋の大家と会っている。 吉田は、いとことシェアで暮らしていたのだが、自分が部屋を出るので後釜にと俺を紹介してくれているのだ。 「はい。そこ、重要ですか?」 「もちろん」 目の前のロン毛の男がにこやかに答えた。 白いシャツが嫌味なぐらい似合う爽やかな男だ。長い首にキュッとしまった顎のライン。 中性的な雰囲気を醸し出しているが、肩幅は広い。 薄い唇に切れ長の目は、日本人には多いが、配置具合がいいのか、欧米の血を感じさせる。 だが、特別に色が白いとか、髪の色が薄いとかではない。 色は普通に黄味を帯び、やや白い程度でどちらかといえば、俺の方が白い。 髪は染めているのかというぐらい艶やかな黒だ。 営業という仕事柄か、人を観察する癖がある。 初対面の相手をジロジロ見ることなく特徴を掴む癖は営業に付いてから身についた特技だ。 彼が普通の会社員でないことは、後ろで一束にまとめられいる髪の長さと、両耳に三個ず装着されたピアスが物語っている。 年は俺たちより六つ上と聞いているから三十のはずだが、見た目は年より若い。 同時に成熟した大人の男の色気も持ち合わせている。 「うちは住居人以外は出入り禁止ですから。恋人がいる方には不向きです。あ、友達も外で会って下さい。中(あたる)だけは例外としますが」 「本当に、この金額でいいんですか? 燃えたアパートより、安いんですけど。それに食事まで」 提示された家賃は破格の二万円。しかも平日は朝夕の賄い付き。 「あ、そっちは宗兄(むねにい)の趣味だから。食べてやってるんだと、威張ってていいぞ。残すと殺されるけど」 決めてしまえよ、と吉田が俺の脇を突く。 この家賃なら、また金を貯めることもできる。 しかも食費込みだ。 別に友人を部屋に呼んで騒ぐ趣味もないし、まして恋人なんていない。 女は営業先のご婦人方だけで十分だ。が、ルームシェアの経験がない。 食事は作ってもらえたとして、家事分担等、やっていけるだろうか。 今までは気ままな一人暮らし。 気を遣うのは好きじゃない。疲れる。気を遣うのは仕事だけで十分だ。 「俺、今まで他人と暮らしたことがないんです。やっていけるでしょうか?」 「他人さえ、割り込ませなければ、自由にやってもらって構いません。食事の時間は久野君の都合の良い時で構わないし。掃除は自分の部屋だけして下さい。共有スペースは俺がします。あとは、手伝いが欲しい時に手伝いをしてくれること。わかりやすく言えば、少しの手伝いと他人を入れない。条件はこの二つ。やっていけそうなら、今日からでも住めるけど。中(あたる)は今日出るんだろ?」 今日から住めるというだけでも涙が出るほど有り難い。 会社から見舞金が出たものの、次の給料日まで、まだ二週間以上ある。 カプセルホテルでも連泊すれば、結構な出費だ。 最悪ネットカフェ行きかと思っていた矢先の話だった。 「もう、荷物は送った。ベッドは置いていくから使ってくれ」 こんな時に、部屋を明け渡してくれる吉田はやはり良い友かもしれない。 吉田が部屋を出るのは俺の為じゃなく、彼女と同棲したいからなのだが。 こんな物件ないぞ、と更に吉田が突(つつ)く。 他人をテリトリーに入れたがらないのに、ルームシェアをしてもいいという点に、この男の矛盾を感じないわけじゃない。 ピアスをジャラジャラしているぐらいだ。 この吉田のいとこは少し変わり者かもしれない。けれど、これを逃すと、普通の賃貸になる。 敷金礼金を考えただけでも、頭が痛い。先立つものがない。 一から家具・家電を揃えるのも相当な出費だ。それこそ借金しないと無理だ。 現金第一主義の俺はローンもカードも嫌いだ。 給与口座のキャッシュカード一枚しか財布には入ってない。 「では、お願いします。お借りします。えっと…」 「天道寺雪宗(てんどうじゆきむね)です。よろしく、久野君」 髪の長さとピアスに似合わないお堅い名前の家主から差し伸べられた手を俺は握り、契約の握手を交わした。 この後に続く新生活が快適であると信じて。 |