嘘だろッ!19 嘘だろッ目次

 
「ごちそうさまでした」
「…お粗末様でした…」
「とても、美味しかったです」
 
 決して食後の会話ではない。

「声、枯れましたね。後でホットレモンでも作ってあげましょう」
 
 俺の下半身から顔を上げ、天道寺がずり上がって来る。

「…ありがとうございます」
「スッキリしましたか?」
「……しました…」
 
 上半身裸の天道寺が自分の息子を下衣に収めると、俺の横にベッドヘッドに背を預け、座った。

「あの…」
 
 身体だけでなく、脳も興奮状態から覚めスッキリした今、天道寺の顔をまともに見ることができない。

「何でしょう?」
 
 背を向けたままの俺の首筋に天道寺の指が這う。

「…挿れて…いません…よかったのでしょうか?」
 
 そう、俺は喰われた。
 獣化した天道寺に全身隈無く嬲(なぶ)られ、ぱっくり喰われた。
 男にはあまり用途のない胸の突起から茎からタマまで、ご丁寧に喰われた。
 それは淫らな舌使いと指使いで、俺は嬌声のあげっぱなしだった。 
 淫らな口吻を施しながら、あっという間に俺を裸に剥くと、天道寺は自分も手際よくシャツとエプロンを脱いだ。
 上半身裸になった天道寺に、されるがまま、喰われるがままだった。
 俺は餌として身体を差し出すことに、悦びの涙を幾筋も流していた。
 躊躇なく、俺の一物を口にパクリと咥えられた時には、本当にこのまま咀嚼され飲み込まれてもいいような気さえしていた。
 天道寺の施す口淫に、俺が天道寺にしていたフェラがいかに拙いものだったか思い知らされ、それに満足してくれていた天道寺に済まない気にもなった。
 天道寺の口の中で一回、天道寺の興奮した雄を絡ませた手淫で一回の計二回、イかされた。

「挿れてほしかったですか? まだ、痛みは残っているでしょ? それに」
 
 天道寺の指が、自分が付けた噛み跡の上をなぞる。

「これ、手伝いじゃないと言いましたよね? 久野君が俺を欲しがったのですから、挿入したら、セックス以外の何物でもないですけど。いい訳できませんよ?」
「…それは…困る……」
「でしょ? 手伝いは俺がして欲しい時にしてもらいますから。久野君、こっちを向いて下さい」
 
 掛け布団を鼻の上まで被り、天道寺の方を向いた。
 邪魔です、と天道寺の手が掛け布団を俺の顔から退けた。

「まだハッキリと訊いていませんでしたが、後ろ、挿入されてどうでしたか?」
「…ビックリしました…。良かったです…」
「でしょ? 私も良かったですよ。安心しました」
「あの、天道寺さん…俺……恥ずかしいんですけど」
「何がです?」
「顔見るのが…どうしてだか、天道寺さんの顔、見るのが恥ずかしくて…変ですよね」
 
 正直なところ、天道寺の顔を見るのが恥ずかしいのか、天道寺に痴態を晒した自分が恥ずかしいのかゴチャゴチャで分からないのだが、とにかく天道寺の顔を見られない。

「久野君、それって…」
 
 天道寺の指がまた噛み跡を弄る。
 トントンと軽く叩きながら、自分の歯形で遊ぶのを止めない。

「処女喪失後の乙女みたいですよ?」
「はい?」
 
 思ってもいない天道寺の言葉に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。

「大丈夫です。イロイロと経験してしまったので、照れているだけですよ。ほら、顔を上げて、ちゃんと俺の方を向いて下さい」
 
 噛み跡で遊んでいた指が俺の顎を持ち上げた。

「見ての通りの、タダの色男です。見慣れてしまえば行為後の恥ずかしさも消えますから」
 
 タダの色男は、今の俺には刺激が強い色男だった。
 頑張って天道寺の顔を見るものの、三秒が限界だった。 
 視線を反らしてしまった。
 そんな俺の反応を、どうも天道寺は楽しんでいるようだ。
 さあ、と天道寺がベッドから降りる。素早くシャツとエプロンを身に纏うと、髪を整えた。

「夕飯はダイニングで食べましょう。夕方には痛みも引いていると思いますから。軽くシャワーを浴びて下さい。夕飯の買い出しに出掛けてきます」
 
 天道寺の中から獣は消えていた。さっきまでの行為は俺の妄想なのか? と思いたくなるぐらい、颯爽と天道寺は部屋からいなくなった。
 


「悪魔の尻尾が見えてたのに…確かに二日前には天道寺は悪魔だったのに…で、アレはマズイナマコでしかなかったのに…俺、どうしちゃったんだよう…」
 
 浴室でスッキリした身体に熱いシャワーを浴びながら、自分の変化に納得できる理由を探そうと躍起になっていた。 おかしいじゃないか、天道寺は男なのだ。
 俺も男なのだ。
 天道寺はバイだと言い切った。
 でも、俺は違う。違うはずだ…違うよな? 
 ……違わないのか……?
 いいや、違うと、首を振る。
 浴室の鏡に映る自分の姿。

「悪魔か…悪魔にしてはいい大家だ…優しい…料理は美味いし……。イイや、悪魔だ…真っ当な人間を快感の虜にさせる悪魔だ……だからだよ…俺……全然イヤじゃなかったんだ…あんなに抵抗あったのに……たった二日でマズイだろ。さっきだって……」
 
 シャワーの熱で体温が上昇しているのか、噛み跡と、天道寺の付けたキスマークが風に舞う花弁のように浮き上がっている。
 鏡を見ながら噛み跡に指を這わすと、噛まれた時の痛みを思い出し、ゾクッと身体が震えた。そのまま指を滑らせ背中から臀部、そこから尻の窄みに這わせ、肛門の状態を確かめた。
 まだ、プクッと腫れている。そりゃ、そうだろう。
 指の何倍もあるような物体が出入りしたんだ。
 出口が入口になるという、身体の摂理に反した使い方をしたんだから、少々の腫れや痛みはしょうがない。

「…本当は、俺が期待してたんじゃないだろうか……俺が昨日の感触を期待して、挿入して欲しかったんじゃ……」
 
 忘れられない、昨夜の手伝いで得た快感。

「ないっ! そんなはずないっ!」 
 
 バシバシっと、自分の両頬を叩いた。 

「気持ち良くても、俺はゲイじゃないんだっ! 掘られても、自分から掘ってほしいって思うわけないっ! 思ってはいけないんだっ、望むなんてこと、あってはならない!俺は男だっ、処女喪失の乙女じゃないっ、天道寺の顔が照れて見られないなんて、あるわけないんだっ、ウオ〜〜〜ッ!」
 
 狭い(といっても、普通よりはかなり広い)風呂場に俺の雄叫びが轟いた。


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