嘘だろッ!18 嘘だろッ目次

 
「久野君、どうですか? まだ痛みますか?」 
 
 天道寺がベッドに腰掛けてきた。

「かなり、引いてきました」
「中が言うように、発熱しているのかもしれません。顔が赤いです。頭、痛いのですか? ちょっと失礼」
 
 吉田と同じように、天道寺が俺の前髪を上げ、顔を近付けてくる。何をしようとしているのか分かってはいるのだが、急接近してくる天道寺の顔を見てると、心臓が落ち着かない。
 おかしい…吉田と同様の行為なのに、どうしてこうも恥ずかしいんだよっ。
 目を開けていられなくて、両目とも瞑ってしまった。
 暗い視界でも、天道寺の迫りくる気配は感じる。

「少し、熱っぽいですね」
 
 ピタッと押しつけられた額。
 鼻と鼻が擦れるのは、天道寺の鼻が吉田よりも高いせいだ。
 熱を感じるとしたら、それは発熱ではなくて、俺が羞恥で火照っているせいだ。

「久野君、そんな顔したら…駄目ですよ。しょうがない人ですね」
 
 駄目? しょうがない? 何が?

「んっ」
 
 唇の上に柔らかな感触が…これって、これって…慌てて、俺は目を見開いた。
 近すぎで焦点が合わないが、唇の感触だけで今自分に起きている事は十分把握できた。

「イヤですか?」
 
 天道寺の顔が少し離れた。
 唇にはまだ天道寺の体温が残っており、ぼうっとなったまま、天道寺を見つめた。今度は焦点が合う。
 質問の意味は分かっていたが、何も答えられなかった。 
 心臓の音が煩く耳に響き、俺の脳味噌は思考を止めていた。

「イヤなら止めますが…イヤじゃないなら」 
 
 また天道寺の顔がぼやける。
 俺の唇に天道寺の唇が重なった。
 キスをされている。
 俺と天道寺がキスをしている。
 …抵抗しないと…
 舌がっ、天道寺の舌がっ、
 …これは、手伝いじゃないだろ?
 …キスは…恋人とするものだよっ……
 ……抵抗…し…ない…と………抵抗……でき…な…い…
 意思と常識が、いかに宛にならないものかということを思い知らされる。  
 駄目だと思うのに、マズイと思うのに、俺は天道寺のキスを受け入れ、しかも舌まで絡めていた。
 口の中が性感帯なことぐらい、経験上知っている。俺だって二十四だ。そんなこと承知だ。
 今までにベロチューぐらい、したことはある。
 もちろん、口紅を塗っている相手と。
 しかし、抵抗できないぐらい、自分から終わりに出来ないぐらい感じるキスはなかった。
 天道寺の舌に、俺の口内は蹂躙されていた。
 脳味噌が溶けそうだ…溶けていく脳に、『惨敗』の漢字と『why』の英字が交互に浮かぶ。

「ぁあ…ん」
 
 チャッと水音を立て、天道寺の唇が離れた。
 離れないで、と訴えかけるように鼻に抜けた声が洩れる。

「久野君…本当に君は…空腹のオオカミの前に自分から飛び出すウサギか子ヤギのようですよ…よくまあ、今まで……」
 
 濡れた天道寺の唇から目が離せないでいた。
 もう、キスは終わりなのだろうか? 

「駄目ですよ。そんなウルウルした瞳で見つめないで下さい。これでも、理性を総動員していますから」
 
 自分から仕掛けておいて、理性を持ち込むのは狡いだろ? 
 終わりなら、サッサと俺の視界から出て行ってくれよ。じゃないと…俺…俺……

「まだ、昼間ですよ。それに、身体が痛むでしょ? もう、本当に餌になっていますよ。いいんですか?」
 
 天道寺の目付きが変わった。獣の目だ。 
 ゾクリと、背筋に震えが走る。自分が本当に小動物になったような気持ちになる。
 この獣の牙に仕留められてもいい。俺は天道寺の餌になりたいと思った。喰ってくれと無言で訴えていた。

「食べてあげましょう…そんなに俺に喰われたいなら遠慮なく頂きます」
「うっ」
 
 キスの続きをされると思っていた俺の期待を裏切って、天道寺の口が襲ったのは、俺の首筋だった。
 痛みを感じるぐらい、歯を立てられた。

「吸血鬼の気持ちがわかりますね。餌には印を付けておきたい」
 
 きっと、天道寺の歯形の鬱血痕が残るだろう。
 しかし俺が欲しいのは首筋への印じゃなくて、キスの続きなのだ。 
 分かれよ…自分からは強請(ねだ)れない焦れったさが、涙になって零れた。
 たかがキスに成人男子が何を泣いているんだろうと、自分でも呆れた。
 泣き顔を見られたら恥ずかしいということよりも、この涙の意味を分かってくれよ、という思いの方が勝り、涙を見せつけるように、天道寺の顔を見上げた。

「食べてくれと、泣く子も珍しい。久野君、これは手伝いじゃないですよ。分かってます? 俺が手伝いをお願いしているのではなくて、君が俺を欲しているんですよ? 後で後悔しないように、体調が悪いせいにしといてあげましょう…」
 
 俺が…天道寺を…?
 そうだよ…全て体調のせいだ…
 昨日、天道寺の手伝いで体調を崩したせいだ……じゃなかったら、たかがキスに溺れ、抵抗できないなんて、あるはずない…
 天道寺に自分から喰われたいと思うはずない…そうだよ…これは全て…体調のせいなんだ…だから…だから……もっと欲しい…喰ってくれよ………
 やっと降りてきた天道寺の唇に、俺は貪りついてしまった。
 そんな俺に、さっきのキスは遊びだと言わんばかりに天道寺が荒々しく応えた。
 そして…

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