嘘だろッ!17 嘘だろッ目次

 
「よ、拓巳」
 
 昼過ぎに吉田が訪ねて来た。

「なんだ、元気そうじゃん。もっと悲壮な顔してるかと思ったのに」
 
 天道寺のベッドの上の俺を見るなり、ムカツクぐらい残念そうな顔で言われた。

「どうして俺が悲壮な顔しないと駄目なんだよ」
「別に〜」
 
 全裸で横になっていたのだが、遅い朝食を取るときに、天道寺に介助してもらいながらスェットの上下に着替えていた。
 もちろん、下着も着けている。
 スケスケのガウンを提案されたが、昼間からそれはと丁寧に拒否させて頂いた。
 吉田が来るとは思わなかったが、拒否しておいて、正解だった。

「お前、仕事中だろ?」 
「次の峰岸デパートのフェア打ち合わせの帰り。それと、お前の所の課長が様子見て来いっていうからさ。うちの課長まで、お前の様子気にしているし…いいよな、拓巳は」
「何がだよ」
「課長二人に愛されてて。狡休みで、在宅勤務なんて、ありえねぇだろ、普通」
「狡休みってなんだよ。俺は遅刻でも行きたかったのに、課長が休めって言うんだから、しょうがないだろ。それに、俺、課長から愛されてはないぞ。知ってるだろ、うちの課長の頭には数字しかないんだよ」
「そこだけは、うちの課長も同じだ。数字の鬼だ。よって、俺は今日朝一で大目玉だ。危うく、海に沈められるところだったよ」
 
 はあ、と深く溜息をついて、吉田がベッドの縁を背もたれに床に座り込んでしまった。

「お前のとこの課長、うちより怖いよな…良かった、俺、第二課で」
「そうだよ、しかもお前、特別扱いじゃないか。さすがホスト課の期待の星だ」
「そこなんだよな〜。お前のとこの課長から何か聞いてないか? 俺、一課に異動の話が出ていたみたいだ。そこから、どうも課長変なんだ…阻止してくれてはいるみたいだけど、やたら、俺のココでの生活に拘ってるし」
 
 ゴホッ、と吉田が咳き込んだ。風邪か?

「いやぁあ、俺は何も。でも、お前のとこの課長がお前を放すわけはないだろうけど…ああ、今日もいい天気だな」
「いい天気か。外に出てないから分からなかった」
「で、調子は本当のところどうなんだ? 腰の具合は?」
 
 課長から聞いているんだろうな。

「だいぶいい」
 
 でも、まだ入口付近がヒリヒリしている。

「宗兄の手伝いって、大変じゃない?」
「別に、ソコまでは…」
「俺の時はこき使ってたけどな。拓巳には優しいのか…」
 
 こき使うって…まさかいとこ同士でアレしてたとか、そんなことはないよな。普通に掃除とかの手伝いなのは、分かるけど…うっ、想像しちまった。
 天道寺に腰を預けた吉田…

「拓巳、熱もあるとか? 顔赤いぞ。どれどれ」
 
 吉田が俺の前髪を上げ、自分の額を近づける。

「俺、ガキじゃねえぞ?」
「熱、あるんじゃね? 宗兄にも困ったもんだ」
「だから、この距離で喋るな。息が擽ったいだろ」
 
 その時、バンッと凄い音がした。
 驚いた俺と吉田が顔を上げると、片手でコーヒーカップの載ったトレーを持った天道寺が、部屋の入口に立っていた。
 拳がドアに触れている。ドアを叩いたらしい。

「中
(あたる)、何をしているんだ?」
 
 地を呻らせるような低音ボイスからして、天道寺が怒っているのがわかる。
 天道寺から冷気が漂っている。こんな天道寺を見るのは初めてだ。
 穏和なイメージしかなかった。

「何もしてねえよ。おおコワッ」
「そうか? 俺にはお前が久野君にキスしてように見えたが?」
「違いますっ!」
 
 それには俺が否定した。吉田とキスなんて、天と地がひっくり返ったとしてもあり得ないし、そんな誤解を天道寺にされたくなかった。

「ホント、俺が拓巳にキスするわけないだろ。どっかの誰かさんとは違うって」
「俺も、まだキスはしてない」
 
 天道寺が部屋の中に入って来た。ぼそっと呟くと、部屋の中央のテーブルに置いた。

「まだって、天道寺さん、なに冗談言っているんですか? いやだな、もう…」
 
 吉田に俺と天道寺が何かあると思われたら、どうするんだよっ。ないぞ、ないっ、何もないんだっ。

「だいたい、中
(あたる)は、ここに何をしに来たんだ? 用が済んだら、サッサと帰れ。仕事中だろ」
「なんだよ、それ、俺に持ってきてくれたんじゃないの?」
 
 吉田がテーブルの上のコーヒーを指した。

「不埒なヤツには飲ませたくない。キスしてないなら、何をしていたんだ?」
「あ〜あ〜、宗兄は、心狭〜いよな。拓巳、熱あるみたいだぜ。誰かさんのせいじゃないの?」 
「久野君、本当ですか? 頭痛いですか?」
「いえ、大丈夫です。吉田、大げさだろ。熱があったとしてもも、天道寺さんは関係ない」 
 
 吉田が、マジマジと俺の顔を見つめる。そして、急に笑い出した。

「何だよ、可笑しいこと何もないだろう? お前が、おかしいぞ?」
「俺さ、責任感じてたわけよ。ココ紹介したの俺だし。拓巳が腰痛になったの俺のせいかなって、でも拓巳、宗兄と、上手くやってるみたいだし〜」
「なんで、俺の腰痛が吉田に関係あるんだ? 変なヤツだな。天道寺さんにはよくしてもらってるぞ…俺、役に立つこと殆どしてないし…手伝いっていっても…手伝いになっているのかどうか……」
 
 アレやコレや映像が頭に浮かんでまた顔が火照る。
 今は少々情けない状態の身体だが、知らなかった快感を教えられ、どちらかといえば俺の方が天道寺に奉仕されたような結果なのだ。て、ことは、もちろん吉田には言えないけど。

「ううううっ、その拓巳の天然さに俺は救われるな。良かったな、宗兄、イテッ」
 
 天道寺がトレーで吉田の頭を小突いた。

「はいはい、邪魔者は退散しますって。なんかあったら、相談に乗るからさ。例のナマコミルクのお友達君にもよろしく〜。じゃあ、またな」
 
 もう当分来なくていい、と天道寺に追い出されながら、吉田は出て行った。
 もう、吉田にミルクで相談することもないだろう。それはもう解決済みだ。

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