嘘だろッ!16 嘘だろッ目次

 
「久野君、起きて下さい」
 
 イヤだ。
 このフワフワとした温もりから離れたくない。 
 いい布団だ……ホワイトグース95%以上だ……二層式だ……

起きて下さい、電話ですよ」
 
 ウルサイな、人が折角いい気持ちで寝ているのに邪魔するなよ…

「会社から、電話です、久野君」
 
 会社? えっ、会社、

「ふぁい、いえ、はい、久野です…お早うございます!」
 
 跳び起き、受話器を受けとった。

『お早う、はないだろ。もう十時過ぎだ』
 
 げっ、課長だ。しかもこの声は呆れている。

「申し訳ございませんっ! 直ぐに出社します!」
 
 遅刻なんて、初めてだ。社会人失格じゃねぇかよ…

『お前来なくていい』
「クビですか! そんな課長…俺、遅刻はまだ初めてじゃないですか…」
『相変わらず早合点だな。そうじゃない。お前今日は休みでいい』
「何でですかっ。謹慎ってことですか?」
『大げさなヤツだな。昨日の展示会は目標越えたんだろ?言ったはずだ、営業は数字だって。目標越えたなら、もう今日は無理して来なくてもいい』
「だからって、サボるのは気が退けます」
『お前はいいんだ。お前は俺の言ったことをホント覚えてないな。だから顔だけって言われるんだ』
「スミマセン」
 
 俺、何か言われていたか? 
 在宅仕事を頼まれた記憶もないのだが…

『新居での生活を充実させろと言っただろ。腰が怠い時は休め。起きられないぐらい疲れているなら、会社に来なくていい。展示会の時は別だが、内勤の日にお前の存在はどうでもいい』
「どうでもいいって、課長、あんまりです。俺だって仕事してます」
『お前の仕事は営業だ。事務じゃない。事務はお前じゃなくても出来るヤツがわんさかいる。それより、お前はソコでの生活を充実させろ。一課に行きたいのか?』
「いいえ」
 
 一課は関係ないじゃないか…

『行きたくないなら、俺の言うこと聞け。無理はするな。体調悪いときは休め。展示会じゃなければ無断欠勤も、もみ消してやるから心配するな。それよりも二課の営業マンとして大事な事は』
「大事なことは?」
『そこから引っ越そうとか、間違っても思うなよ…思ったらその時はクビにするぞ』
 
 仕事と大家は関係ないじゃないかよぅ…

「あの、大家さんとクビとどんな関係が?」
『大人の事情ってヤツだ。深く考えなくてもいい。考えても顔だけのお前には、分からないから時間の無駄だ。いいか、今日から、お前の職場は展示会場とその新居だと思え。課長命令だ。大家の命令は俺の命令だと思って手伝え。いいな』
 
 課長、もしかして、天道寺に弱みでも握られているとか?

「でも、俺、別に体調は、悪くないです…」
『お前、今、ベッドの上だろ。立ってみろ』 
 
 立つ理由が分からないが、ベッドから降りようとした、が…

「ヒィ…」
 
 危ない、と天道寺が支えてくれた。

『どうだ? 立てたか?』
「立てません…腰が…」
 
 あらぬ所が痛くて力が入らない。

『そういうことだ』
「どうして、課長、俺が立てないって分かったんです?」
『お前の所の大家が、さっき昨日重たい物運ばせたので腰痛になっていると思うと、遅刻の理由をワザワザ報告してくれてな。もう、お前との話は終わりだ。大家に替われ』
 
 どうしてだか、さっきまで呆れていた感じだったのが、今の課長の声は、にやついているように聞こえる。
 俺の方に後ろめたさがあるからだろうか?
 指示通り、俺を支えている天道寺に受話器を渡した。

「はい、…そうですね。ありがとうございます。ええ、遠慮なく使わせて頂きます。……あ、そうですか……あなたも相変わらず……黒いですね……本人には私から伝えても……わかりました……」
 
 知らない者同士の会話じゃなかった。吉田経由か? 
 違うだろう、もっと古くからお互いを知っているような会話だ。同級生とか? 
 ないない、それはない。課長の方が年が上だ。

「久野君、横になりましょう」
 
 会話が終わったのか、天道寺が受話器を投げて、俺をベッドに戻そうとする。

「順番逆になってしまいましたが、お早うございます」
「お早う、ございます…」
 
 天道寺の腕に支えられ、ゆっくりと俺はベッドに降ろされていく。

「朝から、いい眺めですね。まだ若いってことでしょうか?」
 
 何を言っているんだろう、と思ったが天道寺の視線の先でそれは直ぐにわかった。
 俺、全裸のままじゃねぇかよ…
 裸のまま受話器を取り、立ち上がろうとして、天道寺に支えられ、そのまま課長と話していたんだ。しかも、情けないことにソコ半勃ちだし…どうせならもっと、グンと、勢いよく…って、場合じゃないっ!
 思わず、両手で前を隠した。
 ふふ、と天道寺が鼻で笑っている。何を今更恥ずかしがっているのか、と言いたいんだろう。
 そう、俺は昨夜…
「久野君、悪かったですね。会社休ませることになってしまって。朝、起こそうとはしたのですが、起きてくれなくて…」
「気が付きませんでした。スミマセン」
 
 ベッドに降ろされた全裸の俺に、天道寺が布団を掛けてくれる。

「初めての久野君に、少し無茶し過ぎました。痛みを訴えなかったので、調子に乗って激しく動きすぎましたね」
 
 朝っぱらから生々しい。
 長髪を後ろでまとめ、白いシャツに紺のエプロンの天道寺は、朝の爽やかな雰囲気そのものなのに、口から出る内容は昨日の激しい雄の部分を思い出させる。
 挿入されていた時の感覚が蘇り、腸壁がキュンと泣く。
 昨夜の『手伝い』の内容を思ったら、カーッと恥ずかしさで顔が火照る。
 見下ろす天道寺の顔が見られなくなった。
 何が一番恥ずかしいって、そりゃ、天道寺に掘られて感じてしまったことだろう。
 「凄い快楽」と天道寺が言っていたが、本当にその言葉通りだった。
 そして、熟練の腕も間違いなかった。されたアレコレ全てが悦かったのだ。

「マグロでよかったのに、久野君、腰振ってくれましたし、俺も最高に良かったです。あまりに良すぎて、初心者相手に本気でやってしまいました。ホント、申し訳ない。痛むでしょ?」
 
 さっき立ち上がった時は、身体に縦に痛みが入った。
 今はヒリヒリと熱を持っている。

「…はい」
「先程、寝ている間に失礼して確かめさせて頂きましたが、裂傷はないようです。でも擦れて赤く腫れ上がってます。薬を塗った方がいいでしょう」
 
 寝ている間にチェックされていたとは。
 はいこれ、とエプロンの前ポケットから白いチューブを渡された。

「塗って上げたいのですが、これ以上負担を掛けたくないので、自分で塗って下さい」
 
 天道寺が塗ると、どうして俺の負担なんだろう? ま、いいや、見られるのも恥ずかしいし。

「あのう…、天道寺さんはうちの課長をよくご存じなのですか? …手伝いをよくするように言われました。俺の職場は展示会場とココだそうです。でも、俺、手伝いっていっても、アレ以外は何もしてないし…それに、内勤日は無理するなって、変な事ばかり言うんですよ。今日も多分欠勤扱いにはなってない気がします」
「知っているというか、なんというか、まあ、そのうち久野君も分かるでしょう。俺の手伝いをよくするようにですか。面白いこと言いますね。じゃあ、久野君、頑張って『手伝い』してください。えっとですね、先程課長さんの方から一つ伝言を預かってます」
 
 何だ? 俺に直接言えばいいのに。

「明日と明後日も休みで構わないそうです。金曜日に一度顔を見せに会社に出てこいと。ちなみに明日と明後日は在宅勤務扱いだそうです。手伝いをさせてやってくれ、と言われてますので、よろしくお願いします」
 
 課長、コイツの手伝いがセックス擬
(もど)きだって、知らないから言えるんだよ…クソ…でも…アレ…凄いし…あああああっ、もう、俺どうなるんだよっ!

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