嘘だろッ!調教編8 嘘だろッ目次


「松野課長はいらっしゃいますか?」
「吹雪先生っ!」

 着ている白地のシャツよりまぶしい笑顔に、自分もイケメンの部類だということを忘れ、営業二課所属の男性社員の声が裏返る。 
 容姿で採用された社員が集う営業二課だけあって、そのレベルは課のトップ、松野を筆頭にかなりのものだ。
 だが、妖艶さを併せ持つデザイナーの吹雪こと天道寺の容姿は別格だ。

「あのう、松野課長は?」

 再度、天道寺が尋ねる。

「課長は、今、席を外していて…。急用でしょうか?」
「はい。とっても急いでいます。久野さんの姿も見当たらないようですが…」
「久野は今日はまだここには…」

 遅刻と言っていいものか、と口を濁す。

「彼は今日はまだ二課に顔を出してないんですね?」

 眉を顰めた天道寺が畳みかけるように訊いた。

「はい」

 天道寺のただならぬ空気を察知し、対応していた社員が恐縮気味に返事をした。

「そうですか。松野課長は今どこに?」
「それが…その…、社内にいるはずなんでが…」
「二課は自由なんですね。羨ましい」

 それが嫌味だと、もちろん件の社員も気が付いた。

「一課の吉田なら、居場所を知っているかもしれません。一緒にどこかに行きましたから。吉田が戻っているか、一課に問い合わせてみます」
「吉田? いえ、結構です。一課なら直接出向いた方が早いので」

 一課は、天道寺がこの東洋コーポレーションで一番足を運ぶ場所だ。
 彼のジュエリーブランドを手がけているのが第一課だ。
 お邪魔しましたと、天道寺が二課を出て足早に一課に向かっていると

「吹雪先生」

 後方から聞き覚えのある声がした。

「――真司…」

 振り返ると探していた人物がニヤつきながら立っていた。

「松野課長」
 
 殴り掛かりたい衝動を抑え、役職名に言い直す。

「吹雪先生、午前中から打ち合わせですか?」 

 白々しい問いかけに天道寺の顔が引き攣る。

「いえ、松野課長に用事があって。今、二課に顔を出したところですよ。朝から忙しいんですね。仕事放ってすることがあったようで」「ええ、そうなんですよ。デキの悪い部下を持つと上司としては指導が大変でして」

 悪びれた様子もないその態度に、天道寺のこめかみがピクピクッと撓った。

「そうですか。二課はセクハラも指導の一環だったんですね。変な画像が届きましたけど」

 天道寺は携帯を取りだし、画像を表示させると課長の松野に見せた。

「セクハラ? 何のことでしょう? 破廉恥な道具を身に着けて出勤した部下に厳重注意を施したことを指しているのかな。同居人の仕業らしいですが、部下も部下ならその同居人も同居人だ。そう思いませんか、吹雪先生?」
「思いませんけど。きっとその同居された方は変態上司が心配だったのでしょう。見境のない獣ですから」
「いやいや、その同居人の方が変態でしょ。――って、もう、いいか、雪。いい加減、このしゃべりは疲れる〜。ここじゃ人目があるから、こっちに来い」

 天道寺は腕をとられ、とある部屋に連れていかれた――そこは俺が悶えている一課の会議室だった。


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