嘘だろッ!調教編30 嘘だろッ目次

 冷静に考えたら声に驚いて駆けつけた天道寺に俺を殺す理由がないとわかりそうなものだが、包丁にビビッた俺の脳は落ち着きをなくしており、偏った方向――天道寺が俺を刺し殺す―に転がっていた。
 
 …俺が悪いんだ…俺は天道寺に刺されて死ぬんだ。
 俺を殺した天道寺はどうなるんだろう?
  刑務所? それはだめだ! 幸せになってもらいたいんだ。
 課長との過去を詳しく知っているわけじゃないが、辛い想いをしてきたことは知っている。
 多分それは俺の想像以上に辛かったんだと思う。
 だから俺を課長から遠ざけたいんだ。
 刑務所の中って、きっと課長みたいな人間ばかりだ。
 偏見かもしれないが、こんなに綺麗な天道寺はきっと餌食だ。

「せめて、課長に罪をなすりつけて下さい。課長なら刑務所の中でも平気です!」
「どうして急に獣が出てくるんですか?」
「…それは…その…天道寺が俺を殺した後が心配で……」
「拓巳、腰じゃなく頭を診てもらった方がよかったかもしれません。人を勝手に殺人者に仕立てないで下さい」

 天道寺の目から殺気が消え、憐れみの眼差しを向けられる。

「支度途中だったので、キッチンに戻ります。奇声をあげずに大人しくしていて下さい」  

 振り上げた包丁が俺の首に突き刺さることはなく、天道寺は寝室から出て行った。
 正直ホッとした。
 刺されたらきっと痛い。
 それも物凄く。

「…怖かった……フー縮みあがった…」

 どこが、ってもちろん急所が。

「刺されなくてよかった…。刺すつもり…なかったんだ……そうだよな…勘違いだ…」

 それなら、どうして刃先が俺の喉仏にあったのだろう? 
 疑問は残ったが、そこを深く考えることは出来なかった。
 ホッと安堵したのは別人格の下半身も同じだったようで、キュンとなっていた玉とシュンとなっていた竿が必要以上に元気を取り戻している。
 雄のシンボルだけじゃなく後ろの孔までおかしなことになっている。
 小さな虫が肛門周辺から内部まで這い上がっているようなムズムズ感。 
 天道寺の繊細な手と、蓄光タイプのコンドームを装着した天道寺の立派なナマコが頭に浮かぶ。

「…天道寺さん……天道寺…」

 天道寺がいるキッチンと俺のいる寝室の距離がとても遠く感じる。
 一週間の休暇中、片時も離れずにいたのに、どうしてこんなに離れているんだろう。
 同じマンション内にいるというのに。
 自慰行為に走ろうとする手を止めた。
 欲しいのは自分の手で得る快感じゃない。
 それで性欲を解消してもきっと虚しい。
 鎮痛剤が効いてる今ならキッチンまで一人で移動できる。
 ゆっくりと上半身を起こし、床に足を着く。

『大人しくしていて下さい』

 そう言われていたのに…と思うと躊躇われるが、性欲に支配された身体が天道寺を欲して疼く。


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