嘘だろッ!調教編29 嘘だろッ目次

「…驚いた?」
「奇声が聞こえてきたら驚くでしょう。あの獣が侵入したのかと思いましたよ。――まさか、匿ってはいないでしょうね?」

 疑いの眼差しを向けられ、

「課長はいません!」

 と、俺は強く否定した。 

「いたらコレで刺し殺します」

 そう宣言すると、天道寺は包丁を握ったままベッドの下を覗き込んだ。
 課長はいないという俺の言葉を天道寺は信用してないんだ。
 無理やり押し上げた気分が一気に下降した。

「いないようですね」
「…そう言いました」
「だったら、奇声はなんだったんですか? ターザンの雄叫びのようなものがキッチンにまで聞こえてきましたよ」

 雄叫び? 
 …あの自分への激励を声に出していたとか…?
 俺はアレを大声で叫んでいたのか…。
 キッチンに届くって…どんだけだよ…うわっ、滅茶苦茶恥ずかしいんだけど!

「…それは…多分…、俺の独り言だと思います」

 毛布を引き上げ、羞恥で火照る顔を隠す。「独り言? キッチンまで届くような大声でですか?」

「…すいません…ごめんなさい」
「俺に対する不満を叫んでいたということですか?」

 既に立ち上がっていた天道寺が俺の顔を覆う毛布を捲った。
 視界に飛び込んできたのはピカッと光る包丁の刃先。

「どうなんですか?」

 包丁に気を取られ、返事をしない俺の喉仏に刃先が降りてくる。

「ヒィ…ち、違う…違います」

 角度的に刃先は見えなくなっているが、あと皮膚に触れるまで数ミリのところまで来ていることを感じる。 

「じゃあ、何を叫んでいたんですか?」
「愛です! もちろん、天道寺さんへの愛ですっ」

 天道寺が俺を殺すはずがない。
 だが包丁の位置を考えると刺されることを想像してしまい、必死で答えた――事実と若干違う内容を。

「その必死さが不快です。不愉快です」

 天道寺が包丁を振り上げた。
 喉仏からの刃先は離れた。
 それは安心を促すものではなかった。
 人をグッと刺そうという時の構えだ。
 目が本気だ。
 
 ヤバイ! 刺される! 
 殺されるッ…… 
 …天道寺に殺される……そんなに酷いことを俺は天道寺にしたのか?
 ……きっとしたんだ…。


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