嘘だろッ!調教編31 嘘だろッ目次

 腰に振動が伝わらないよう、そうっと静かに一歩ずつ足を前に出し歩く。
 だが気持ちは逸っていた。
 天道寺に気付かれないよう注意しながらシチューの甘い香りが漂うキッチンを覗く。
 エプロン姿の天道寺が木べらで鍋をかき回している。
 包丁を手にしてない…なら、大丈夫だと天道寺の背後に回った。

「…天道寺」
 
 天道寺の腰に手を回し、背中に張り付いた。

「何のつもりですか」
 
 突然抱きついた俺に、天道寺は驚いた様子を一切見せず、静かに訊ねた。

「――俺、俺…」

 天道寺がコンロの火を止めた。

「腰に硬いものがあたっています。処理をして欲しいんですか」

 淡々と冷たく言われたが、俺は天道寺から離れなかった。

「処理じゃなくて、愛して欲しいんです」
「誰でもいいくせに、浅ましい」

 心に突き刺さる言葉。
 だが、俺は逃げない。
 鎮めて欲しいし、快感も欲しい。だけど誰でもいいわけじゃないんだ。
 自分の手でも嫌だったんだ。
 だから寝室から抜け出してここにいる。
 天道寺じゃないと駄目なんだ。

「…俺は天道寺の…何なんだ…恋人じゃないのか…恋人だ。俺は恋人だ、ペットだっ。俺の恋人は天道寺だけで俺のご主人さまは天道寺一人なんだ」

 ですます調じゃ伝わらないと思った。

「誰でもよくないっ! 俺の恋人なら、俺のご主人さまなら、俺を愛せ――ッ!」

 逆ギレだと思われても構わない。
 伝わってくれと、俺は叫んだ。

「…何を言ってるんですか。――あなたは…」

 天道寺の腰に回した俺の腕に、滴がかかる。

「――いい加減に、本当に、いい加減に……いい加減にして下さい…」

 天道寺の異変に気付いたときには遅かった。
 天道寺の身体から力が抜け、張り付いた俺ごと床に沈む。
 ズキンと激痛が走ったがそれどころじゃなかった。

「天道寺、天道寺さんっ! 天道寺さん!」 

 青白い顔で意識のない天道寺。
 いったい何が起きたんだ? 

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