嘘だろッ!調教編26 嘘だろッ目次


 名だけ呼ばれた天道寺が、不機嫌な顔で俺を見る。

「しばらく、口を開かないで下さい。うるさいって言いましたよ」

 天道寺の指が、俺の上下の唇を挟む。
 俺の声を聞きたくないってことか?

「寝室に行きますよ」 

 天道寺が裸に戻った俺の手を取る。
 どっちの? という言葉が頭をよぎる。
 俺に与えられた部屋にもベッドはある。
 しかし、天道寺と想いを確認しあってからの一週間、俺は自分の部屋で寝ることはなかった。
 常に天道寺と一緒にいた。朝も昼も夜も。
 どちらに連れて行かれるんだ?
 俺の尾てい骨を気遣ってか手を引く力は強いが、天道寺の歩く速度は遅い。
 リビングを抜け、俺の部屋に近づく。
 止まらないでくれ、と心の中で叫ぶ。
 ちゃんと天道寺と話す時間を持たないまま、会社から戻ってからも失態続きだ。
 絶対、怒っている。怒りはいいんだ。
 俺が悪いんだから。
 俺が怖いのは、天道寺の愛情が消えることだ。 
 
 ――止まらないでくれ!
 ―――止まるなっ!

「拓巳」
 
 天道寺の足が止まった。
 ――そんな……、――嘘だッ!
 ゆっくりと天道寺が振り返った。

「…嫌だっ、…違う! ここじゃないッ!」 

 堪らず、俺は声を発した。

「突然、何ですか。拓巳、痛いです」
 
 俺がイタイ人間だと言うつもりか?

「イタくても構いません!」
「拓巳が構わなくても、俺は構うんですよ。本当に痛いです」
「…嘘だ。止めて下さい、――それ以上言うな。聞きたくないっ」
「拓巳、手を離しなさい」
「聞きたく、――――え? 手?」

 手って、なんだと天道寺の手を見た。
 俺の手を握っている天道寺の手首に、もう一つの手が伸びていた。 
 ガッシリと強く握っている。天道寺の手首の色が白く変わる程。
 その手の主は俺だ。
 自由だった片方の手で天道寺の手首を強く掴んでいた。 
 いつ、掴んだんだ?
 止まらないでくれ、と懇願したときに無意識に掴んだのか? 

「離して下さい。痛いです」
 
 慌てて、手を離した。

「…足止めて、俺を振り返ったのって…俺が掴んだから?」
「そうですよ。止まって欲しかったから、止まれ、と掴んだんでしょ」

 俺が天道寺の足を止めたのか? 
 俺はバカか? 
 だから顔だけって言われるんだ…

「いきなり掴まれたら、何事かと思うでしょ。俺と一緒にいるのが嫌だから、自室に籠もりたいという意思表示ですか? 自分の部屋の前に来たから、止まれ、っていう意味ですよね?」 
「違いますッ!」

 頭を激しく振って否定した。 

「じゃ、何なんですか」
「…わかりません…。早く寝室に行きたいな…って思ったら…、無意識に掴んでた…ごめんなさい…」
「拓巳、人に早く歩いて欲しいときは手を掴んでも分かりませんよ。口に出してそう言いなさい」
 
 口を開くなって、天道寺が…、と言いたかったが、飲み込んだ。
 俺は天道寺の神経を逆撫でさせたいわけじゃない。

「…ごめん。俺、天道寺さんの寝室に…天道寺のベッドに早く行きたい…です」
「いい加減にして下さい!」
 
 怒らせるようなことを言ったつもりじゃなかった。
 だが、天道寺は眦を光らせて大声をあげた。 
 

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