嘘だろッ!調教編21 嘘だろッ目次


 そしてまた無言。
 時折、ドライバーがミラー越しに俺達の様子を伺っていたが、特に話しかけてくることもなく、重い空気を保ったまま、タクシーは天道寺のマンション前に到着した。

「お世話になりました。お釣りは取っておいて下さい」

 メーターには五千三百円と表示されている。
 六千円を渡してのことなら、大した額ではないが、天道寺がドライバーに渡したのは万札だった。
 気前が良すぎるだろ。

「いいんですか?」

 思わぬチップにドライバーから確認が入ったが、天道寺はそれには答えずタクシーから降り、釣りが気になっていた俺に「早く降りなさい」と冷たく命じた。 
 タクシーから降りると、すかさず天道寺が俺の腕を掴んだ。

「行きますよ」
「…俺、逃げません」

 天道寺に連れていってもらわなくても、俺は真っ直ぐに天道寺の部屋に戻る。
 いや、天道寺の部屋じゃない。俺達二人の部屋だ。
 そうだろ? 違うのか?

「当たり前でしょ」

 天道寺が俺を睨み付けた。
 イマイチ天道寺の機嫌を損ねるポイントが俺にはわかってないらしい。
 視線が皮膚を通過するかと思うぐい鋭い視線だった。
 鋭いのは視線だけじゃなかった。
 掴まれた腕に、天道寺の爪が食い込む。
 シャツを脱ぐと痕になっていると思う。

「…ごめん…天道寺、さん…」

 俺の口から出た謝罪に、天道寺があからさまに嫌な顔をした。

「さん…ですか。口先だけの謝罪に意味はありませんから」 

 天道寺を怒らせたいわけじゃないのに上手くいかない。
 一週間の休みはラブラブだったのに。
 濃厚な日々が頭を過ぎる。

「ニヤついて、俺をバカにしているのですか?」

 思い出したら顔が勝手に緩んだだけです、とは言えず…また俺は謝った。

「…違う。ごめんなさい」 

 天道寺の機嫌をこれ以上損ねるのはまずい。
 もう、散々嫌な思いをさせている。
 早く部屋に戻りたい、二人だけの空間に戻りたいんだとアピールするために、俺は天道寺より先を歩こうとした。
 だけど俺の歩行スピードがアップすると負けじと天道寺の速さが上がるので、結局歩幅で負けている俺が速歩の天道寺に主導権が渡ってしまう。
 その結果、あっという間にエレベーター内だ。狭い箱の中でも天道寺は俺の腕を離そうとしない。
 ドライバーの存在がない分、タクシーに乗っていた時より空気が重っ苦しい。
 実際の酸素量は足りているはずだが、俺は大きく息を吸い込み、そしてハアと吐き出した。

「溜息ですか」

 冷たい声が重い空気をビリリと震わせた。

「違う! 深呼吸ですっ」
「ふ〜ん、一緒にいるのが息苦しいって訳ですか」

 それはそうだけど…それはこの狭い空間に無言で立ってること息苦しいだけで、一緒にいるのが嫌な訳じゃない。

「違うっ! 一緒にいるのが息苦しい訳じゃなくて、エレベーターって狭いし」
「ムキにならなくても結構です。着きましたよ」  
「ぁあ、はい」

 チンと音を立てて止まったエレベータの扉が開くと、天道寺はさっきよりも速い足取りで進み始めた。
 もちろん、その手は俺の腕を掴んだままだ。
 あっという間に天道寺の部屋、いや、俺と天道寺の部屋に着いた。
 天道寺が解錠のために腕を俺から離す。
 鍵を開けながら俺の方をチラッと見た。
 逃げないか確認しているとか? 
 何かしらの反応をした方がいいと思ったが、口を開くとまた機嫌を損ねるかも知れない。
 鍵が開いた音がし、天道寺が再度こっちを向いた時に、俺はニコッと笑顔を作った。

「笑う意味がわかりません。顔だけ、ってあのアホが言う意味がよ〜くわかります」

 凄く失礼な嫌味が返ってきた。
 だが、その声色に冷たいトゲはなかった。
 天道寺の手によって開く玄関ドア。
 その中に入れさえすれば、天道寺にちゃんと話ができる。早く入りたい! 

「せっかちですね」

 天道寺を押すようにして中に入った。
 二人の部屋に入りさえすれば、全て解決する気がしていた俺は、かなりの甘ちゃんだった。

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