人間未満 9人間未満目次


 
「おい、千明しっかりしろ。俺はここにいるぞ?」
 
 頬を軽く叩かれ、気が付くと見慣れた隆司の部屋だった。
 隆司に匂いが染みついたベッドに寝かされていた。
 泣いていたのか、頬が濡れている。

「…俺……」
「魘(うな)されて、俺に助け求めてた。『隆司助けて』ってな。寝言にしちゃ、切羽詰まった様子でお前泣き出すし。大丈夫…じゃないな。話してみろ。何かあったんだろ?」
 
 あった。
 色々あった。
 嫌なことを見て聞いて、そして見知らぬ男と寝た…言えるわけない。

「何もない。昨日から隆司がふけた後から少し体調が悪いだけだ」
「は〜あ〜、千明が俺に嘘付くとはね。お前、昨日どこ行ってたんだ? おばさんから電話あったんだぞ。うちに来てないかって。家にちゃんと帰ったのか? つうか、お前俺の顔なんで見ないんだ? 今日一度も俺を見てない」 
「…隆司…ウザイ…。放っておいてくれよ。気分が悪くてふらふらしていただけだ。俺だってイロイロあるんだよ。家に帰りたくないときもあるんだよ。いいだろ?」
「ナニ、それ?」
 
 隆司が怒気の含んだ声で冷たく言い放つ。

「俺は一々隆司に報告しないとならないの? 隆司だって俺に言えないこと沢山しているんじゃないの? 俺は触れないようにしているのに、何で俺は報告しないとならないんだよっ」  
「俺別に千明に言えないことなんてないぜ? お前が知りたいなら何でも教えてやるけど。お前、俺がお前に隠し事してると思っているのか?」
 
 何を言っているんだ? 
「隠し事はしてなくても、俺に言えないことはあるんじゃないの? …じゃあ聞くけど、隆司は恋人とのことでも俺に一々報告するのか? ああしてこうして、こんな会話してって、俺に言える? 俺はそんな話し聞きたくないし、隆司に聞かれたくないっ」
「…千明…彼女でも出来たのか? それとも誰かに何か言われたのか?」
 
 隆司とリサが言ったんだろっ!
 
 だけどもうそんなことはどうでもいい…

「関係ない。言いたくない。隆司、俺、今までお前に依存し過ぎだったんだ。甘えすぎていた」
「友人同士甘えて何が悪いんだ?」
「俺の鞄は?」
「ここにある」
 
 鞄の中から、ノートを取り出すと隆司に押し付けた。

「ノート、これいるんだろ。貸してやるからもういいだろ」
 
 隆司のベッドから降り、鞄を持って立つ。
 ぐるっと見渡し、もうこの部屋に来ることもないんだろうな、と切なさが込み上げてきた。

「友人同士、甘えて何が悪いって? 隆司は良くても俺が駄目なんだよ。このままだと、一人で立てないんだよ。隆司は友達だって沢山いるじゃないか。彼女だっている。俺がいなくても平気だろ? ただのクラスメイトでいいじゃない。今までありがとう」
 
 最後にやっと隆司の顔を見た。
 泣き出しそうな顔を無理矢理笑顔にし、千明は隆司の部屋を飛び出した。



 NEXTBACK