人間未満 8人間未満目次 |
「…なんで……」 教室に入った途端、目に入ったのは一番見たくない顔だった。 「よっ、お早う」 隆司が手を軽く上げ、千明に声を掛ける。 「そこ、俺の席だけど」 千明の席に隆司が座っていた。 隆司の顔を見れず、下を向いたまま、鞄を机の横に掛けた。 直ぐにどいてくれると思いきや、隆司は自分の席のように陣取っている。 「お前、顔色悪いぞ?」 「なんで隆司がいるんだよ。課外のメンバーじゃないだろ」 小さく吐き捨てると、座ったままの隆司に額をピンと弾かれた。 「それをお前が言うか? 昨日待っててもうちに来なかったから、何かあったんじゃないかと顔を見に出てきたんだ。実際、何かあったんだろ?」 「ない。それより、早く座らせてくれよ…」 顔をあげない千明に、それ以上の追求はなかった。 「後でな」と席を譲ると、屋上でも行くかと隆司は教室を出て行った。 課外授業どころじゃなかった。 特進クラスの落ち溢れ組用に用意された過去模試からのプリント五枚。 全てをこなさないとならないというのに、千明は隆司から逃げ出すことで頭が一杯だった。 名前だけ記入して、あとはシャープペンシルを持ったまま、石膏彫刻のよう固まっていた。 「中野、」 自分の名が呼ばれていることに気が付かなかった。 「中野、中野千明」 お前呼ばれているぞ、と後ろの席のヤツにこづかれて、千明が慌てて顔を上げた。 前を向くと、教師が鬼のような面構えで千明を見ていた。 「休日返上で出て来てやっているというのに、やる気がない者がいるとはな。勉強する気がないなら、帰れ」 怒鳴られはしないものの、冷たい口調で言われ、千明は慌てて立ち上がった。 「スミマセンでした。ちゃんとし…ま……」 「オイッ、中野!」 下げた頭を上げようとした途端、千明の視界は白くなり、そのまま身体が床に崩れた。 教師が慌てて千明に駆け寄ろうとした。しかしそれより早く駆けつけたのは、隆司だった。 教室を出た隆司は屋上で一服した後、逃げられて堪るかと教室の外で千明を張っていた。 「…大…丈夫……です…から……」 真っ青な顔で立ち上がろうとして、机を掴んだ千明の身体を隆司が抱き上げた。 「アホか。先生、コイツ連れて帰ります」 後ろの席の生徒が気を利かせて千明の荷物を纏(まと)め、それを隆司に渡した。 「戸田か。お前は課外のメンバーじゃないな。なら頼むか」 課外のメンバーなら抜けることは許さないという言い草だった。 「はい、先生もみんなも授業進めて下さい。お騒がせしました」 隆司の言葉で、何事も無かったように課外授業は続けられた。 精神的疲労と肉体的疲労に千明の身体が悲鳴をあげた結果だった。 追い打ちをかけるように顔を合せたくない隆司に抱きかかえられ、千明は運ばれる隆司の腕の中で完全に意識を手放した。。 |