人間未満 10人間未満目次


 
千明――― !
 
 隆司の怒声が空気を震わせ伝ってくる。

「待て、千明っ、まだ話は終わっちゃ、いねぇだろうがっ」
 
 ドタドタと隆司が追いかけてくる足音に、千明は慌てて玄関へと向かった。
 自分の靴を見つけると、引っかけたまま玄関のドアに手を掛けた。
 後ろから迫る隆司に捕まる前に出ようとした瞬間、

「あっ!」
「何だ?」
 
 身体に衝撃を受けた。
 中に入ろうとした人物と正面からぶつかったのだ。
 鼻柱を打ち付け、顔中に痛みが走る。

「千明っ、親父っ!」
 
 後ろから隆司の声が飛んで来た。

「君、大丈夫?」

  聞き覚えのあるような気がして、ゆっくり顔を上げた。

「…君は…」
「…えっ…何…で… ?」
 
 二度と会うはずのない顔があった。
 昨日知ったばかりの顔。
 頭上から雷を受けたような衝撃が、脊髄を抜けて全身に伝わる。

「親父、そいつを捕まえてくれ!」

 隆司の、お父さん?
 この人が、隆司のお父さん???
 
 男が、ニヤッと笑みを浮かべ、千明の腕を取ろうとした。 
 その手を振り払い、

「失礼します!」
 
 千明は身体が怠いことも忘れ、脱兎のごとく走り去った。
 こんなことって…

 自宅の鍵を開ける手が震えて、なかなか中に入れなかった。
 鍵穴に鍵が入るまで五分以上掛かり、ようやく自分の部屋へ辿り着いた時には、床にへたり込んでしまった。
 
 …だから、似てると思ったんだ……

 親友と思っていた隆司の親の顔も知らなかったのかと、笑えてきた。
 それも仕方がなかった。
 隆司の父親は海外勤務で年に数回しか戻っていなかった。
 母親は離婚していないし、遊びに行っても家政婦と隆司の兄貴ぐらいにしか面識がなかったのだ。
 自分の身体を引き裂いたのが、隆司の父親だったという現実に怖じ気づき、千明の身体は震えが止まらなかった。 
 ベッドに這い上がり、布団を被ると震える身体を丸めた。
 『どうしよう』という言葉だけが、頭の中を巡り、それが散々巡りつくしたあと、やっと『隆司にばれたら』が追加された。
 『隆司にばれたらどうしよう』
 このフレーズが千明を打ちのめしていた。
 同性愛を嫌悪する隆司が、自分の父親と関係をもった千明を許すはすがない。
 自分から離れようとしてたくせに、憎悪を向けられることが千明は怖かった。



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