人間未満 52人間未満目次

 
「だから、何度も申し上げていますが、そういうことは規則で教えられないんです! お引き取り下さい」
「だからっ、身内だって言ってるだろっ!」
「警備員を呼びますよ」
 
 これでもう三つ目の病院だ。
 救急センターがある病院を隆司は直接回っていた。
 消防署に電話しても、個人情報は教えられない言われ、直に病院を回っているが、誰それとは教える気はないらしい。
 それでも受付が駄目なら、病院の周囲の店やラウンジで談笑してる入院患者を捉まえ訊いて回ったが、最初の二つは外れだった。

「もう、たのまねぇよっ!」
 
 受付の窓口下の壁をドンと足蹴りし、隆司は病院内部へ続く通路を駆けていった。

「あっ、君!」
 
 受付の人間の声が背中でしたが、構うものか、自力で探し出してみせると隆司の足が止まることはなかった。

「千明っ! 千明っ! どこだっ!」
 
 例え千明がこの病院内にいたとしても、返事など出来るわけないのに、隆司は千明の名を叫びながら、千明を捜した。

「おい、」
「ってぇなっ、気を付けろ!」
 
 隆司が角を回った時、前から来た人間とぶつかった。
 白衣を着ているので、医師だろう。

「病院内は走っては駄目だ。危ないだろう? それに静かに」
 
 まだ若い。
 三〇になったばかりといった感じだ。
 胸の名札に杉村とある。
 顔に掛けている細いフレームの眼鏡が嫌味に光った。

「うっせぇーよ。俺は大事な人間を捜しているだけなのに、この病院は教えてくれないんだ。バカにしやがってよっ。死んで、会えなかったらどう責任とってくれるんだ? 退け、邪魔だ」
「君、怪我してるじゃないか。診てあげるから来なさい」
 
 医師の目が隆司の指の関節の血に留まる。壁を殴りつけた時の傷が痛々しい。
 だが、隆司は痛みなど感じてなかった。
 隆司の頭にあるのは、千明のことだけだった。

「そんな暇あるかよっ。あんた医者だろ。救急車で俺ぐらいの年の子が運ばれなかったか? なあ、それくらい教えてくれてもいいだろう? 変な規則で、会えなかったら、この病院放火してやるからなっ!」
「それは穏やかじゃないね。君の友人?」
「そうだよっ、悪いかっ!」
「悪くないけど、ただの友人じゃないんだろ? 大事な人間ってさっき言ってたから」
 
 教えてくれる気はあるのかと、隆司が医師に眼を飛ばす。 
 人が焦っているというのに、目の前の白衣の男はなんだか、楽しそうだ。

「いちいち、ウルサイッ。教えてくれる気がないなら、そこ退け」
「誰も、教えないとは言ってないだろ。せっかちな少年だ」
「教えてくれるのか?」
「ああ。その代わり、後でお礼はしてもらうよ。君の出来ることでいいから。一応規則を破る訳だしね」
「何でもいいから、教えろ! いや、教えて下さい!」
 
 隆司が頭を下げた。

「君のいう少年は、さっき運ばれた子のことだろう。手首を切っていた。意識不明の重体で、面会謝絶だ。ICUにいる。行っても会えない」
 
 良かった…生きてた…
 重体だろうがなんだろうが、生きていたとが分かって、ホッとした。
 ガクリ、膝から力が抜け、隆司は冷たい床に尻をついた。

「ほら、立ちなさい。携帯持っているんだろ? 番号教えなさい」
 
 医師の問いかけを不審に思う心の余裕がなかった。
 特に問題も感じず、隆司は立ち上がると自分の携帯を医師に渡した。

「勝手に見ろ」
 
 見るだけでなく、医師は自分の番号も入力したようだった。
 が、そんなことは今の隆司にはどうでも良かった。

「ありがとな…俺、あの……行くわ」 
 
 自分の携帯を受けとると、会えないと言われたICUを探しに隆司は走り出した。
 走るなって言ったのに…
 若い医師の目が、獲物を見つけた肉食動物のように隆司の後ろ姿を追っていた。
 


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