人間未満 51人間未満目次

 
「…兄さんは…留学だ」
「それだけか?」
「親父と…寝てたからだっ!」
「それだけじゃないだろ? お前は幸司を強姦したんだ。実の兄を強姦したんだ。俺の愛した少年に横恋慕したあげく、俺と寝ていると知って、力尽くで犯したんだ。千明の中に入れたのが初めてじゃない。お前は男に惚れるタイプの人間なんだよ」
「嘘だ――っ!」
 
 四つ違いの兄、幸司は父親の雅紀とは血の繋がりがない。 
 幸司を連れて、母親は雅紀と再婚したのだ。その後、生まれたのが隆司だ。
 どういう経緯でこの二人が関係を持つようになったのか、隆司は知らないが、それが原因で隆司の両親は離婚した。 
 当時中学生だった幸司と自分の夫が関係を持ったことに耐えられず、自分の息子を捨て母親はこの家を出た。 
 両親の離婚時、まだ隆司は小学生だった。 
 その原因が、父親が男を好きな人間だったからというのは、母親との言い争いの盗み聞きで知っていた。
 それに、大好きな自分の兄が絡んでいるとは思いもよらなかった。

「千明は幸司に似ている。姿形がじゃない。一途に思い込み、自分を追い詰めるところが似ている」
 
 雅紀の手の下で隆司は肩を震わせ、嘘だ、嘘だ、と繰り返し言葉を吐いていた。

「お前は見たんだ。幸司の部屋で俺と幸司が寝ているところを。幸司が言ってた。自分が俺のことを想う同じ気持ちで隆司は自分のことを見てるかも知れないって。俺は気にもしてなかったけどな。だが…」
 
 ブツブツ何かを呟きながら隆司が自分の耳を塞いだ。
 隆司の手を雅紀が耳から取り払う。

「聴けっ、隆司。思い出してみろっ! 俺が幸司の部屋から出て風呂場にいた間に、お前は幸司を襲ったんだ。中学二年のお前が高校三年の幸司を襲ったんだ。こともあろうに、乱暴するだけして、お前は一切覚えていなかった。ただ、俺と幸司の関係を汚いモノとして、俺たちを責め続けたんだ。だから、幸司は此所から逃げたんだろうが。お前は俺たちを憎むことで、自分の性癖も、自分のした過ちもなかったことにしたんだよ」
「作り話だっ! 俺をホモに仕立て上げて、何が楽しんだっ!」
「真実は一つだ」
「俺は、女の方が好きだっ!」
 
 雅紀を振り払い、壁を素手で殴りつけた。

「じゃあ、何故千明を依存させた。千明はお前が好きという以前に、お前に依存しているじゃないか。普通の、失恋として、受け止められないのは何故だ? 隆司、お前が、そうさせたんだ」
「訳わかんねぇこと、ほざくなっ!」
 
 更に、壁を殴る。
 拳の関節に血が滲んでいる。

「幸司のように、千明から逃げられるのが恐かったんだ。違うか? 千明が俺と寝てると知って、頭にきたのは、これが二回目だからだ。同じようなことが、過去にあったからだ。そして、千明は幸司とは違った。お前に乱暴されても、お前の横が良かったんだ」
 
 怒りなのか、自分を罰したいのか、壁に血を擦り付けるように、バンバンと隆司の拳が壁に入る。

「千明と幸司の違いは…」
 
 雅紀が隆司の背後から隆司を包み込む。
 父親として、不器用で哀れな隆司を抱きしめる。
 血に染まった拳を上から握り込んだ。

「隆司、お前に惚れているか、いないかだ。千明はお前に惚れている。このまま、千明が逝っても後悔しないと言い切れるのか? 幸司とは禁忌の関係でも千明とは普通の恋愛関係なんだぞ? 認めても恥ずかしいことじゃない。楽になれ……隆司」
 
 隆司の頑なな心に、ヒビが入る。

「人として、許されるんだぞ? 千明をこのまま失ってもいいのか?」
「イヤダ―――……! 俺は、千明を…千明を………失いたくないっ、誰にも…親父にも……触れさせたくなかったんだ…………俺は、俺は、千明を…クソッ!」
 
 誰に似たのか馬鹿な子だ、と雅紀が隆司をギュッと抱きしめた。
 親として、息子の温もりを感じるのは何年ぶりだろうか? 
「千明っ、千明…千明…、千明に会う…千明に会いたいッ」
「待ってろ、搬送先を調べてみるから」
「待てるかっ!」
 
 隆司が雅紀を突き飛ばし、そのまま外へ家から外へ飛び出していった。

「おいおい、上着も持たずに出て行ったか……しょうがないヤツだ」
 
 息子のベッドにどかっと雅紀が腰を降ろす。
 胸から煙草を取り出すと、一本口に咥え、火を付けた。
 
 千明、生きてろよ。
 そうすりゃ、やっと両想いだ…生きてろよ、死ぬな…
 これで、俺と千明の関係もジ・エンドか。
 
 珍しく、男としてより、親の立場をとったな、と煙草を咥えたまま自嘲する。
 雅紀は自分の内側に、ぽっかりと空洞が出来るのを感じていた。
 


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