人間未満 50人間未満目次

 
 今度は隆司が雅紀に詰め寄った。

「なあ、親父、見たんだろ? 千明は生きてるよなっ? 千明が死ぬなんてこと、ないよなっ! 俺を置いて死ぬなんてこと……うぉおおおおおおおっ!」
 
 隆司は取り乱し、雅紀に縋り付いて号泣をはじめた。
 自分の前でこれほど取り乱し、感情のままに泣く息子の姿を、雅紀は見たことがなかった。

「泣いてても、しょうがない。お前が泣き喚いてても、助かるときは助かるし、駄目な時は駄目だ。生死は俺にも分からない」
 
 どこの病院に搬送されたのかも分からない。
 雅紀も安否が心配だった。だが、助かったことを想定し、今後のことを考え、千明を追い詰めた原因を突き止めたかった。

「何があったか言って見ろ。何かが千明を追い詰めたんだ。今日、何があった? 何が違ってたんだ? だいたい今までだって、お前は…俺もだな、千明を追い詰め傷つけてきたんだぞ? だが千明は死のうとは思わなかった。何かが、あったんだ。違うか?」
「…リサが…妊娠した…」
「リサ? さっきの彼女か?」
「……千明は……その相手が俺だと思ってる……」
「違うのか?」
「…違う……。クソッ…そんなこと気にするとか思わなかったんだよ…でも、リサが…」
「リサが?」

「絶対、千明が凹むって言うから。リサは千明が俺に気があるって言うんだ。…そんなこと信じられるかよ。千明は親父と付き合ってるんだからよっ。でも、リサが間違いないって言い張って…。自分の妊娠を使えばいいって。そしたら、自分の言ってることが正しいか分かるって言ったんだ… でも、俺、千明に言ってない。学校で勝手に噂になってたんだ。だから、俺は否定も肯定もしなかっただけだ。あとは……」

「あとは何だ?」

「…解放してやっただけだ。声掛けてきたから、『用済みだって』言った。喜ぶと思ったんだ。だってそうだろ。いい加減もう自分が千明にしてきたこと考えたらウンザリだったんだ…俺はホモでもないのに、千明に突っ込んで苛めて……そうじゃなくても、千明は親父の相手してんのによ…」

「お前ってヤツは……」
 
 悪意のないことが人間を追い詰める。

「結局、俺のせいか…」
 
 ポツリ、雅紀が洩らした。

「お前を責めてしまいたいよ。原因はお前だ。だけど、そうなった根本は俺だ」 
「…俺が千明を…追い詰めた… 嘘だっ」
「叫くな、話を聞け」
 
 雅紀が隆司の耳を引っ張る。

「リサって子は正しい。千明は…もうずっとお前のことが好きだったんだ。千明をホモの一言でお前は片付けたいんだろうがな、違う。千明は、お前だけが好きなんだ。男が好きというより、お前が好きなんだ」
「でたらめ言うなっ!」

「本当だ。千明は、お前のことで傷ついて自自暴自棄になって夜の街を歩いてた。そこで、俺と出会った…俺がお前の父親とは知らなかったんだ。梅雨ぐらいだったか? 千明はお前がホモ嫌いって知ってたから、自分のやり場のない気持ちに耐えきれなかったんだ。行きずりの男と寝ようとしたんだ。初めての時、自分の胸を押さえて、ココが痛いより、身体が痛い方がいいって言ってたんだよ」

「じゃあ…あれが、初対面じゃなかったのか……」
 
 隆司は千明が自分と距離を置きたいとこの部屋で告げた日のことを思い出していた。

「飛び出しぶつかった子が街で拾った少年だった。俺も千明もそこで初めて相手の素性を知った」
「…そんなこと、一言も…」
「言ってない。千明はお前にばらされたくなくて、俺の言うなりになってたんだよ。最初は……」
「どういうことだっ!」
「ホモ嫌いのお前にばらされたくないと思うだろう。結果、ばれたら、案の定、お前は怒り、千明を軽蔑した」
「…それじゃあ、脅迫したのか……?」
「表向きはそうだ」
 
 カッとなった隆司が父親を殴りかかった。

「千明になんてことしたんだっ! あんな変な装置まで着けて。他の男にも触らせてっ。もっと色々してたんだろっ!」
「お前が怒ることか? 何で千明が俺に身を任せた。よく考えてみろ。全部、お前が原因だ。自分の性癖も感情も認めようとしない、お前が原因だ」
 
 息子のパンチをかわした雅紀が手首を掴み、捻り上げた。

「…はなせっ」
「最初は脅迫でも、求めてきたのは千明だ。ホテルでもそうだったろうが。お前が無茶して、それでも千明はお前を受け入れたじゃないか。何で、千明は、便所としての扱いに甘んじていたんだ? 偏差値高くてもそんな簡単なことが分からないのか?」
「…それは…」
「軽蔑されても、お前と係わりを持っていたかったんだ。見下されても、罵倒されても、千明は、お前から無視されるよりも、身体だけでも繋がっていたかったんだろうよ」
「…そんな……」
「なのに、お前ってヤツは…リサって子の妊娠を千明はどう思ったんだろうな? しかもお前から『用済み』って言われたんだぞ?」
 
 雅紀が隆司の手首を放す。

「俺が…千明を……俺が…」
 
 隆司の泣きはらした顔が、みるみる青くなる。

「そういうことだ。」
 
 雅紀が隆司の両肩に手を置く。

「隆司、千明は自分の気持ちに正直過ぎて、自分を追い詰めたんだ。お前はどうなんだ?」
「…俺は…」
 
 雅紀が深く息を吸う。そして、決意をした目で隆司を見つめた。

「隆司、お前はホモだ。女の子も抱けるからバイセクシャルと言うのかも知れないが、恋愛感情という意味では正真正銘のホモセクシャルだ。認めちまえ」
「……何をっ、そんなわけないだろっ!」
 
 両肩に置いた手に雅紀が力を込める。

「認めたくないだけだ。じゃあ、何故お前の兄はこの家を出たんだ?」
 
 雅紀が突然、隆司の兄、幸司のことを持ち出した。
 


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