人間未満 46人間未満目次

 
「千明はこのままでいいのかい?」
 
 雅紀の手が千明の頭を慈しむように撫でる。

「…いい…で…す…」
 
 千明の身体には雅紀によって挿入されたバイブが大小二本刺さったままだ。

「隆司との関係を終わらせた方が楽じゃないのか?」
「ぁあ、イ…やぁ…あ…」
「どっちがイヤなんだ? バイブか? それとも隆司との関係を清算することか?」
 
 千明と雅紀の関係が隆司にばれ、隆司に身体を差し出すようになってもう一ヶ月以上が過ぎた。
 二学期の中間考査も迫った週末、千明は雅紀のマンションにいた。

「ぁぁあっ、」
「イったのか。千明はこらえ性がないな。まだバイブは抜かないから。さあ、答えなさい。隆司とずっと続ける気るもりなのか?」
「…今…の…まま……で、イ…い…」
 
 ヤレヤレ、馬鹿な子だ、と雅紀の手がまた千明の髪を撫でつけた。
 自分の息子が、千明に見せる執着は、愛情の裏返しだと雅紀には分かっていた。
 その一方で、隆司が決してそれを認めないことも分かっていた。
 自分が離婚したことで母親を失い、またある出来事で慕っていた兄までも隆司から取り上げた形になったことで、隆司は自分を恨んでいる。
 それだけじゃなく、隆司の中に自分と同じ血が流れていることも嫌悪している。
 だから、同性への愛情を認めることは絶対ない。同じ種の人間になることを、心底嫌っているのだ。
 だが、どうみても隆司の千明に対する不当な行為は嫉妬でしかない。
 無視できないどころか、結局身体を繋いでいるのだ。
 子どもっぽい理由をこじつけてはいるが、結局隆司も千明が抱きたいのだ。
 千明に対して発情するあたり、雅紀は自分の血が確実に隆司に受け継がれていると感じていた。

「でも、便所なんて、飽きられるよ。千明、身体だけでも、なんて馬鹿なコト考えているだろ? 今にそれで満足できなくなるよ?」
 
 その証拠に、千明は隆司と関係を持った日は、満たされない心を埋めたがるように、痛みを伴うプレイを好むようになった。
 口には出さないが、目で訴える。
『もっと、酷くして下さい』と。
 お仕置きといいながら、結局千明の求めることをしているに過ぎないのだ。
 最初からそうだった。
 死にそうな顔で通りをふらつく千明に声を掛けたときからそうだった。
 酷くして欲しいと求めてきたのは千明の方だった。
 結果、無理矢理奪う形になったが、でも最初は千明の方が誘ったのだ。

「…イやぁ…、あぁああっ…」
 
 バイブに感じているのか、それとも雅紀の言葉をそれ以上聞きたくないのか、頭を振りながら千明は嬌声をあげる。よく見ると、目からは涙が溢れていた。

「…もっと…強く……」
 
 自分の想いに触れられたくないのか、誤魔化すように千明は雅紀に更なる刺激を求めた。



「ねえ、中野あれ、見て…」
 
 放課後だというのに、中間考査の出来が芳
(かんば)しくない特進クラスの数人が居残り課外のため、まだ教室にいた。
 英語Uの補習プリントと向き合っていた千明の背中を後ろの席の女子がシャーペンの先でつつく。
 グランドに目を向けると、隆司の姿があった。
 サッカーのゴール近くにある銀杏の木の下に隆司が腰を降ろしていた。
 それともう一人…

「あんた、何か聞いてる? あの二人より、戻したとか?」
「…俺、知らない…」
 
 リサが隆司と談笑している。
 別れたとは聞いた。
 だから、自分が慰めてきたのだ。性欲処理係として。
 遠くから見る分には、かなり親しげに話している。
 隆司もリサに笑顔を向けていた。
 リサと復活したとは聞いてない。リサの話だけではなく、友人としての会話が、今の千明と隆司の間ではなかった。 あるのは、肉体を繋ぐ行為だけ。

「そこ二人、何をしている!」
 
 教師の注意を受け、プリントに目を戻したが、千明の頭の中に何一つとしてプリントに書かれた内容は、入らなかった。
 集中しないと、とシャーペンの芯を繰り出すが、手が小刻みに震えて文字が書けない。
 キューッと心臓が締め付けられる、覚えのある痛みが千明を襲った。
 嫉妬という名の痛みだった。
 …まさか…、またリサ…と…?
 教師の目を盗み、再びグランドに目をやる。
 リサが千明のいる校舎の方を向いていた。 
 一瞬目があった気がした。この距離で相手のの視線の先を測るのは無理なのだが、視線がぶつかった気がした。
 勝ち誇ったようなリサの意思を感じた。


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