人間未満 43人間未満目次


 
「うちの、息子は何をしでかしてくれたんだ? 千明は?」
 
 怒っていると思ったが、雅紀は冗談めいた口調で隆司の頭を小突いただけだった。
 余裕のある態度の隆司は馬鹿にされたようにも、自分の未熟さを指摘されたようにも感じた。

「無茶、やってくれたな。可哀想に。ベルト外してやらなかったんだ……」
「親父が着けたものを何で俺が外すんだ? 第一、鍵が付いているわけでもないのに、苦しかったらコイツが自分で外せるだろ。バカバカしい」
「お前が外してやれば、それを口実に千明を私がいたぶって遊べるだろ。人のものを勝手に弄っておいて、気がきかないやつだ」

 雅紀が千明の側に腰掛け、千明の髪を撫でつけた。
 優しく千明に接する雅紀の姿に、隆司は『そいつは、俺のだ、勝手に触るな』と、嫉妬めいたものを感じた。
 そんな自分の心を否定するかのように、隆司の言葉は荒れる。

「変態どもの考えることが俺に分かるはずないだろ? ゲスの考えが俺に理解できるはずない」
「でも、隆司、お前もゲスの仲間入りじゃないのか? 千明に突っ込んだんだろ?」
 
 あ〜あ〜、本当に無茶したな、と雅紀が布団を剥ぎ、千明のぐったりした身体を開いて局部を確認した。

「うるさい! 穢れた汚いものを、便所代わりに扱っただけた。悪いが、コイツとは、俺の方が付き合い長いんだ。親父の奴隷でも俺を裏切ってホモになんかなった償いはしてもらう」
「だってさ、千明。聞こえているよね? 私が分かるかい?」
「……ま…さき…さん…」
 
 蚊の啼くような声で千明が答えた。
 雅紀が性器にまかれたベルトを外し、尿道口の栓を外す。
 色が変わってしまった陰茎を優しくさすり、血行を促してやる。
 冷蔵庫からスポーツドリンクを持ってくると、それを口移しで飲ませた。
 千明の血色が少し良くなったのを確認すると、自分の息子が千明の中にまき散らしたものをお湯で絞ったタオルで拭き取った。
 その間、隆司はふんぞり返ってソファに座っていた。

「千明は、今までよく隆司の側に居たよね。昨日までの友人を便所扱いだよ。可哀想に…だから、言っただろ、君が隆司を、」
 
 身体も雅紀が優しく拭き上げる。
 少しハッキリしてきた意識の中で、千明は雅紀の続けようとしている言葉が分かった。

「…まさき…さん…」
 
 言わないでっ! と胸の裡で叫びながら、千明は雅紀に手を伸ばした。
 その手を雅紀が受けとると、千明の身体を自分の胸に引き寄せた。

「よしよし、千明は私の奴隷がいいんだよね」
 
 ポンポンと雅紀の手が千明の背を軽く叩く。

「どうする、隆司は君を便所として、使いたいようだけど。千明はそれでいいのかい?」
 
 その言葉に真っ先に反応したのは隆司だった。
 ふんぞり返って座っていたソファから跳び起きると、ベッドに腰掛ける雅紀とその胸の千明に詰め寄った。
 隆司が千明の頭を上から鷲掴みにした。

「千明の許可も親父の許可も関係ないんだよ。違うか? お前が俺をほっとけないんだもんな。友人を裏切った償いするんだよな? 親父だってそうだろ。今回だけじゃない。俺がどれだけ嫌な目に遭ってきたと思うんだ? 千明を俺に貸さないとは言わせないっ!」
「貸し借りの問題じゃないと、思うけど。千明、どうする? どうしたい? このバカの相手もするつもりかい?」
 
 雅紀が隆司の手首を掴むと、千明の頭から力尽くで除けた。
 千明の頭が前にコクリと傾いた。千明が肯定の意思表示をしたのだ。

「でも、君は私の奴隷だということを忘れてはならないよ。分かっているよね」
「…まさ…きさん…」
 
 脅迫で始まった関係だったが、千明には雅紀の側で奴隷でいることが、楽だった。
 奴隷としての肉体的な苦しさで、隆司に対する心に突き刺さる棘の痛みを忘れることができた。
 そして、何より、雅紀の肌は千明に既に馴染んでいた。
 奴隷のテストに合格したいと願うほどに、千明は雅紀に飼い慣らされていた。

「…はい…俺は…あなたの…奴隷です…」

 その言葉が隆司の怒りを買うと分かっていても、隆司に愛されることがないと知っているだけに、隆司の前でそう雅紀に呟いた。

「クソッ! やってられるかっ! 変態二人、奴隷でも何でもやってろよ。とにかく、俺は溜まったら、そいつを遠慮なく使わせてもらうからな。後は二人で勝手にしろ」
 
 最大級の敗北感を隆司は雅紀に感じていた。
 ずっと、変態として見下してきた親だった。ただの金づるだった。
 力任せにベッドの縁を蹴り上げると、隆司は二人を残し、部屋を出て行った。

「千明、今夜は私の部屋へ泊まりなさい。家には私が電話入れてあげるから」
「…はい、そうします…」
 
 この日を境に、千明と隆司の関係は大きく変わった。



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