人間未満 38人間未満目次


 
 何がこれほどまでに、隆司の機嫌を損ねているのだろ? 
 こんな隆司を千明は見たことがなかった。自分の知らない隆司の顔が千明には恐かった。
 自分勝手な言い分だが、自分が隆司に向けた言葉を、隆司から返されるとは思わなかった。
 あるのは、自分の気持ちがバレた時の「絶交」のみだと思っていた。

「…隆司っ、待てよ。どこ行くんだよ……」 
 
 隆司は千明の手首を掴んだまま、速歩(はやあし)で進んで行く。
 段々繁華街に近づき、風俗店やら建ち並ぶ通りに入った。
 千明の質問に答えることもなく、隆司は無言を歩を進める。やっと目的地に着いたのか隆司が立ち止まった。

「隆司っ、ココ、」
「うっせーな、騒ぐなっ。入るぞ」
「入るって、ここ、――ラブホテル」 
 
 分かってるなら訊くなと睨まれた。
 隆司は手慣れた様子で部屋を選ぶと、千明を部屋へ押し込んだ。

「…こんな所で、サボるなら、リサを呼べばいいだろ…何で…俺を……」
 
 やっと隆司の手から解放された手首が痛い。
 千明は、入口のドアを背にしたまま、動かなかった。
 隆司はベッドの感触を確かめると、そのままベッドに腰掛けた。

「リサとは別れた」
 
 だから機嫌が悪いんだ、と千明は隆司の言葉で勝手に解釈した。
 自分が原因ではなかったと安堵と共に、ここまで隆司を怒らせたリサに嫉妬を覚えた。

「…そうなんだ…だからか…」
「だから、俺が苛ついているって? バカかお前。女なんか直ぐまた出来るに決まってるだろ」
「…俺、帰る…。もういいだろ? 此所まで付き合って来たんだから。隆司ココでゆっくりしていけばいい」
「千明、馬鹿か? 何で俺一人でゆっくりするんだ?」
「…だけど、ここ、俺とゆっくりするって…変だろ。男二人で過ごす場所じゃない…」
 
 千明の言葉に、一瞬隆司の表情が凍り付き、その後直ぐに大声をあげて笑い出した。

「あ〜、もう、腹いてぇ…。千明、笑わせるなよ。あ〜あ〜、涙まで出てきた。マジ、受ける…」
「も、いいっ。そんなに笑うことないだろ。俺帰るから。死ぬまで笑ってろっ」
 
 千明がドアに手を掛けた。

「待て、帰すかっ!」
 
 隆司がベッドから腰をあげると、千明に向かって突進してきた。

「な、に…」
 
 腕を掴まれ、部屋の中央に引き摺られ、ドンと背中を強く押され、千明はベッドの上に顔から突っ伏した。

「隆司っ、何するんだよ。酷いじゃないか」 
 
 慌てて、身体を起こそうとした。
 が…

「やらせろ」
 
 仰向けになったところを、上から隆司が被(かぶ)さってきて、一言千明に低音で告げた。

「隆司? おいっ、隆司ッ! 何やってるんだっ! 放せッ…ばかっ! 俺は男だぞっ!」
 
 隆司が千明のシャツのボタンに手を掛けた。

「ひっ!」
 
 隆司を押し退けようとした千明の左の頬に痛みが奔った。

「大人しくしろ。右も殴るぞ」
 
 隆司が、隆司が、俺を殴った……隆司がっ!
 いつも自分を守ってくれた隆司が自分に手をあげたことが、シャツを脱がされかかっていることより、千明には衝撃だった。

「そうだよ、最初から大人しくしてたら良かったんだ。暴れるな」
 
 動かなくなった千明のシャツのボタンを、一つ一つ隆司の指が外していく。

「…何で…こんなこと…すんだよ…嫌がらせかよ…お前、ホモとか嫌いって言ってたじゃないか……」
「ああ、嫌いだよ。でも、お前、ホモなんだよな。俺の大嫌いなホモなんだもんな。違うか? 違わないよな…男に突っ込まれてヒィヒィ悦ぶんだろ?」
 
 千明の顔から血の気が失せた。
 隆司が知ってるっ! 


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