人間未満 37人間未満目次


 
「ねえ中野、今日の戸田なんか変じゃない? 恐いんだけど。原因あんた?」

 隆司の様子が朝から変なことは、千明も感じていた。
 休み時間にトイレに立とうとすると、「千明、今から小便タイムか、ごゆっくり〜」と何故か眉間に皺をよせ、嫌みったらしく声を掛けられた。戻れば戻ったで、「案外早かったな」と言われた。
 授業中は授業中で、やたら隆司の視線を感じる。
 振り向くと、いつも難しい顔で千明を睨み付けた。
 かといって、いつものように昼休みに千明の側に寄るわけでもなく、他の同級生が声をかけても、「忙しいんだけど」と、横柄な態度を見せていた。

「俺、何もしてないけど、隆司、機嫌が悪そうだね……」
「あんた、とろいから気付かないだけで、怒らせるようなことしたんじゃない? ああ物騒なオーラ出されたんじゃ、息が詰まる。中野、何とかしなさいよ。そのうち、誰かと喧嘩、始めるかもよ」

 このお節介な女子の言うとおりだった。
 今にも同級生か教師を相手に喧嘩を吹っかけそうな勢いだった。

「隆司、何かあったのか? 変だぞ? 俺、何かお前を怒らせるようなことした?」
 
 机の上に足を投げ出したまま、隆司が千明を見る。

「俺を怒らせるようなことしたのか?」
 
 逆に訊かれた。

「…別に…」
「だったら、いいんじゃなねぇの。俺が不機嫌でも千明には関係ないじゃん。何か問題でもある?」
「…ないけど…。恐いよ、今日の隆司」
「お前も俺にほっとけって、よく言ってるじゃん。お返しするわ、その言葉。中野千明さん、俺のことはほっといてくれませんか!」
「…そんなこと…言うなよ……」
 
 激しく隆司に言われ、千明の顔が激しく曇った。
 今にも豪雨寸前と言った感じだ。

「何、ほっとけないんだ? ふ〜〜〜ん、千明は優しいんだもんな。そうだった。俺たち友人だったんだよな。一方的に解消されそうになったけど、俺たち、まだ友人だったよな」
「…ああ…そうだよ…」
 
 その時教室にいた者の視線が一斉に二人に集まった。
 誰もが認める親友同士の言い争いに、興味津々といった感じだ。
 ヤレヤレーッと野次を飛ばす輩も出てきた。

「うっせーんだよっ! 外野は黙っとけ!」 
 
 机の上から足を降ろすと、机を激しく蹴飛ばした。
 音に驚いた千明が「ヒッ」と息を吸い込んだ。

「俺が恐いなら、俺の前から消えろ。それとも、ほっとけなくて、俺の側にずっと立っているつもりか? 恐くても俺の心配するんだ?」
「…当たり前だろ…俺…隆司の…友達だもん」
「あ〜あ、友情っていいよな。有り難くて涙が出るわ。なら、その友情で俺のイライラ鎮めてくれるんだ。千明、優しいもんな。だったら…」
 
 隆司が千明の手首をガシッと掴んだ。

「一緒に来いっ!」
 
 隆司が千明を強引に教室から連れ出そうとする。
 午後の授業開始のチャイムが鳴り、ちょうど教師が入ってきた。

「こら、お前達、授業始まるぞ」
「悪いけど、俺と千明はサボリです。お小言があれば明日以降にして下さい」
「隆司っ!、手、放せよっ」
「こらっ! 戻りなさいっ!」
 
 千明は鞄も何も持ってない。
 全て教室に置いたまま、隆司に引き摺られ校舎を出た。 


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