人間未満 35人間未満目次


 
 実際千明を助けたいのに、残酷で淫猥過ぎる光景に身が竦んで動けなかった。
 自分の知らない千明の姿がそこにはあった。
 この部屋へ飛び込んだものの、隆司は結局千明に声を掛けることも、男達を投げ飛ばして千明を解放することも出来ず、父親の言うことに従った。
 客達は隆司の出現で、この宴の終焉を感じていた。

「二本目はまだ入りきれてないようですが、今日はお開きということで…予定外の珍客がありましたので…」
 
 しょうがない、と客人達は身支度を整え、マンションを出て行った。
 ショックが大きかったのか、千明は被虐的な行為から解放さたというのに、興奮状態が続いていた。
 布団の上で手足をばたつかせて、助けてと、叫んでいた。その声はリビングに逃げた隆司の耳にも届いていた。
 雅紀は千明を一人部屋に置いたまま、会社に連絡を入れた。
 夜には社に顔を出すと、部下に伝えているのが聞こえる。
 ヤレヤレと、雅紀が電話を終えると、隆司が雅紀に詰め寄った。

「どういうことだっ。説明しろっ!」
「どうもこうも、今の俺の相手が千明君だということだ。あの子にこういう素質があったとは知らなかったが…」
「いつからだっ!」
「そんなこと、お前に関係ない。お前達の友情と俺たちの恋愛は別だろ? 違うか?」
「恋愛だとっ! コノヤロー、バカも休み休み言えっ! 好きな人間を奴隷とか言うのか? 変態どもに、あんなことさせるのか? 千明がホモだというつもりかっ!」
 
 隆司が父親の頬めがけて拳を振り下ろした。

「親を殴る気か? 隆司? 誰のおかげで生活出来てるのか、よく考えろ。お前が頭の悪そうな女の子といくホテル代、どこから出てるんだ? 学費、食費、バイトしないでも遊べる金は、どこから出てるんだ?」
 
 降ろした拳は頬にあたらず、逆に手首を掴まれ、捩られた。

「千明が親父を好きなはずないだろ! だいたい、千明がホモなわけないんだ! 俺が大ッ嫌いな、ホモのわけないんだっ! 欺したんだろ。弄んでるだけだろっ!」
「そう思うなら、その目で確かめればいい。但し、千明にはお前の存在を悟られるな。声を出すなよ。千明はお前に知られることを恐れているからな。お前がホモ嫌いだってこと知ってるから、当然といえば当然だけど」
 
 ついてこい、と雅紀に言われ、千明のいる部屋に足音を立てず、隆司は戻った。
 部屋の扉の所で、立ち止まる。そこから中へは入って来るなと雅紀のジェスチャーで指示された。

「千明、テストは終わったよ。泣かないでいい。よしよし、恐かったね…二本は無理じゃないけど、まずは私が慣らしてからじゃないと…それはまた別の時にしよう…はい、落ち着きなさい……命令だ」
 
 雅紀が千明の涙の染み込んだ目隠しの赤い布から頬にかけ、掌で撫でつけてやると、雅紀を認識した千明が、雅紀にしがみついた。

「ぅわぁああああっ! 俺ッ…俺ッ……」
「よし、よし、何も考えなくていいから。千明は奴隷だろ?俺の奴隷がいいんだよね? テストの合格には程遠かったけど、どうする? 他の所で一から教育してもらうかい?」
「…ヒック…ヒッ…嫌だッ…」
「誰の奴隷がいいのか、言ってごらん、千明」
「…雅紀さん…雅紀さんの奴隷がいいっ。ちゃんと言うこときくから、他にやらないでっ……」
 
 客にされかけた残酷な行為のショックにより、雅紀以外は考えられなくなっていた。
 必死で隆司に助けを求めたが、隆司は助けてはくれなかった。こんな所に隆司がいるはずもなく当然のことなのに、もう隆司は自分を助けてはくれない存在なのだと、千明は思った。仮にこの場所にいたとして、男達に身体を開く自分など、隆司には助けるどころか、嫌悪の対象でしかないのだ。
 今更ながら千明は自覚していた。
 好きで好きで堪らないのに、隆司はもう、自分を追い詰めるだけの存在になってしまった。
 この手を取ってくれるのは、隆司に似た外見で、自分の同性への恋愛感情を理解してくれる雅紀だけの気がしていた。
 そう、千明は隆司が千明を助けようと、この部屋に飛び込んだことも、今、すぐ側にいることも全く気付かずにいた。


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