人間未満 3人間未満目次



 夕方だというのに、夏の空はまだ青さを保っていた。
 天気予報ではもう梅雨入り宣言をしたが、それが嘘のようにカラッと晴れた日が続いている。
 汗ばむ身体に制服のシャツが貼り付いて気持ち悪かった。
 だが隆司にノートを届ける千明の足は軽やかだった。
 隆司の家の近くになると、自然と足は小走りになる。
 目の前に迫る角を左に曲がって二軒目が隆司の住む家だ。
 いつものように、喜び勇んで角を曲がろうとした千明の足が突然止まった。

「隆司、たら、りゅう〜じ、ね」
 
 甘ったるいリサの声が千明の耳に届く。
 ドサッと、何か重いモノが千明の身体に落ちてきたような衝撃を感じた。

「あげてくれないの?」 
 
 覗くつもりはなかった。
 そのままリサを無視して隆司のところまで歩いていけばいいだけのことだ。
 だが、千明の足は前には進まず、自分が立つ角から声のする方へと視線だけが惹き寄せられた。
 玄関先の通りで、リサが両手を隆司の肩にかけ、しな垂れ掛っていた。
 そのリサの細い腰に隆司の左右の手が這っていた。

「もうそろそろ、千明来るし。さんざん今日は楽しんだろ? 俺頑張ったけど、まだ足りない?」

 隆司の手がいやらしくリサのヒップラインを撫で回す。

「んもう、どこ触ってるのよ、バカ。十分楽しませもらったけど、まだ帰りたくないなぁ。だめぇ?」
 
 上目遣いでリサが隆司を見つめているのが、千明の目にもハッキリ分かった。
 千明の鞄を持つ手が震え出す。

「駄目だって。後でメールすっからよ、な、り〜さ〜ちゃん。それで勘弁してくれよ」
「隆司、中野とどうなってるのぅ? 彼女より、優先なんて、あ・や・し・い」
 
 リサの問いかけに隆司が何と答えるのか、千明の耳の神経は否応なしに研ぎ澄まされる。

「ちょい、マジ、勘弁してくれよ。冗談でもきついぜ。ホモ嫌いの俺に、この口はよくもそんなことを……塞いでしまえ」
 
 隆司がリサの口に自分の口を合わせた。
 
 何?
 キス? 
 …隆司がリサに…キスしているのか?

「俺は、このまあるいオッパイと尻が大好きなんだよ。男とどうこうなるはずないだろ?」 
 
 今度は隆司の手がリサの服の上から胸をまさぐり始めた。
 やめてくれ。俺の目の前でそんなこと、隆司止めてくれっ。
 声にならない叫びが、千明の頭に谺(こだま)する。

「もう、ここ道だって。それ以上はダメだからねぇ。でもさぁ、中野はもしかしたら、隆司が好きなんじゃないの?」
 
 ヤメロ、そんなこと隆司に吹き込むな!

「は? 何ソレ? リサ、俺を笑わせたいの? 怒らせたいの? んなわけないだろ? だったら、気持ち悪くて、あいつと友達なんかやってられるかよ」
「…女の勘ってやつよ。あんまり仲がいいから、ちょっと意地悪も入ってるけどぅ。だって、私は中野のために、追い返されるんだから…」
「安心しろ。絶対ないけど、もし千明がそんな素振りを見せたら絶交するし。ホモの友達なんか、ゴメンだね。俺たちは親友だけど、そんな付き合いじゃないから」
 
 絶交? 
 隆司が俺と絶交するって???

「じゃあ、もう一回キスしてくれたら、今日の所は大人しく帰ってあげる〜〜」
 
 俺とは絶交で、その女とはキスをするのか? 
 こんな往来で何度も?

「上向けよ」
 
 隆司がリサの顔を引き寄せ、再度口を塞いだ。
 離れた所にいる千明の耳にも水音が聞こえてきそうなディープキスを、何度も角度を変え続けている。
 まるで千明が覗いていることを知っていて、見せつけるように続けられる欲情しきった男女のキスに、千明は耐えきれずその場から走り去った。



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