人間未満 2人間未満目次



 午後の授業三時間のうち、隆司が居たのは最初の一時間だけだ。
 週に二回はこういうことがある。
 教師が大きな問題にしないのは、此所が私立の進学校だからだ。
 全国模試で順位を上げる者、または多額の寄付金を納めている者には、教師は口うるさく言わない。
 隆司は要領がいいのか元がいいのか、成績に問題がなく模試でも常にTOPクラスに位置しているため、授業をサボっていもお咎めがない。
 出席簿にチェックが入っているのかも怪しい。
 ここ二ヶ月の隆司の彼女、山岸リサは寄付金組だ。
 不動産業を営んでいる親が、娘可愛さで多額の寄付を積んでいるらしい。
 正直成績はパッとしないし、入学できたことすら不思議なのだが、その辺は私立では良くあることなので、誰も表だって口に出すことはない。
 中には成績も優秀な上、寄付金も多額という者もいるが、残念ながら中野千明はその何れにも該当しなかった。
 それでも千明は隆司と同じ特進クラスに在籍していた。 
 隆司から離れたくないという思いがもたらした結果なのだ。
 だからといって安心できる成績ではなく、特進の中でも、いつ下のクラスに「都落ち」するか分からないギリギリのラインにいた。
 やれば出来る子、と大人は評してくれるがそれは言い換えれば、やったことしか出来ない子という意味で、一つのことを習得して、それを五にも一〇にも脹らませることができる隆司のようなタイプではなかった。
 
 …あの二人……今頃…
 
 毎度のことなのに、その度に心臓が痛い。
 心がという抽象的なものじゃなく、臓器としての心臓が痛む。
 特に今日は辛い。
 原因は抜ける前に隆司が宣言した「ホモ嫌い」だ。  
 薄々は感じていた。普通の人より隆司は男同士の恋愛を嫌っているという感は前からあった。
 中学三年の時だった。
 一緒に通っていた塾の帰り道、ラブホテルから仲良く出てきた男性同士がいた。
 その時、隆司は小さくチェッと舌打ちして、鬼のような形相でその二人後ろ姿を睨んでいた。
 確信を持つのが恐くその時は追求しなかった。だけど、今日、ハッキリと彼は『ホモ嫌い』を宣言したのだ。
 自分は男は好きじゃないけど、そういうヤツも理解できる…、っていうのなら、まだ千明にもコンマ一ぐらいの望みがあったかも知れないのに。
 
 …何で、リサなんかと付き合ってるんだろう…
 
 隆司との時間が削られていく。
 
 …ノート、ノートだった。
 …隆司にノートは必要ないのにな 
 
 教室に残される度、自分を惨めに感じる。
 それでも、隆司の為にノートを取ることは、千明には大事な仕事だった。
 放課後、ノートを届けに行くことで隆司と会えるのだ。 
 頼まれ事は、友達同士として短い時間を過ごす理由になる。
 会えないよりは少しでも会えればいい。
 直前までリサとの逢瀬を楽しんでいたとしても、きっと隆司は自分にも優しい。
 ノートを届けたら笑顔で「ありがとう」と言ってくれる。
 いつものパターンを思い描き、いつもより激しい心臓の痛みを堪え、いつものようにシャーペンをノートに滑らせた。



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