人間未満 28人間未満目次


 
 小学校の頃から、隆司は千明には特別に優しい。
 他のヤツラから見れば、千明が隆司に振り回されているようにしか見えないかも知れない。
 けれど、実際は違う。
 だから、好きになった。
 欲情してしまうほど。

「シャツ、脱げ。早く洗わないと、血、落ちないぞ」
「いい、後で自分で洗うから…」
「いいから、脱げっ。俺が気になる」
 
 隆司の手がシャツのボタンに掛かる。

「隆司、止めろっ! 手、放せよ」
 
 千明が隆司の手を払った。ボタンが上から二個目まで外されていた。

「乱暴だな…。何で、お前が怒るんだ? …千明、それ」
 
 隆司の視線が千明の胸元で止まる。

「見るなっ!」
 
 シャツの前を掴み、千明が身体を捩る。
 その身体を隆司が力尽くで自分の方を向かせると、今度は隆司が千明の手をシャツから引き剥がした。
 力任せに隆司が千明のシャツを左右に開いた。ボタン数個が飛び散った。

「…千明…、これは何だ? おいっ、答えろっ!」
「…隆司が、いつも、リサに付けているのと同じじゃないのか? キスマークってやつだろっ。詮索するなっ!」
「女が、付けたのか? こんなに沢山? すげぇな、千明の付き合っている女って…」
 
 キスマークと言うには異常な数の鬱血痕が残っていた。 
 白い肌の千明に、雅紀が面白がって『奴隷の印』とかいいながら、胸から下腹、背中にかけて、吸いまくったのだ。 
 中には痛みを伴うぐらいの痕もある。キスマークと言えば聞こえはいいが、ようするに大量の内出血の痕だ。

「わかっているなら、いいだろっ。隆司にだって、あるんじゃないのか? リサはそんなに情熱的じゃないのか? お前も付けてもらえばいいじゃないか…」
 
 雅紀に付けられた痕を隆司に見られ、千明は動揺していた。心にもないことが、ポンポンと口から飛び出る。

「顔の腫れと、ソレ、関係がある訳じゃないだろうな? 変な趣味の女に引っ掛かっている訳じゃないだろうな?」
 
 世の中には相手に痛みを与えて悦ぶ性癖の人間もいることを隆司は知っている。
 隆司自身、ふざけて女とSMごっこをすることもある。
 しかし、あくまでも、それは『ふざけて』であって、実際に相手に傷を負わせるようなことはなかった。

「何、それ? 俺は隆司とは違う…」
「リサが変な趣味の女だって言いたいのか?」 
 
 口に出してから、千明は後悔した。
 今まで隆司の付き合う女に対して意見することはなかった。
 隆司の機嫌を損ねたくないばかりに、嫉妬心を押し殺し、相手の女に好意的な態度と言動をとってきた。

「千明…、お前……もしかして…」
 
 隆司が怪訝そうな顔をする。
 千明は自分がリサに対して悪感情を持っていることがバレタと思った。
 心臓の鼓動が激しくなる。
 そのまま、隆司は黙り込んだ。



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