人間未満 27人間未満目次


 
 腫れ上がった顔と、奴隷として自由を奪われた身体を引き摺って千明が自宅に戻ったのは夕方の六時を越えていた。 
 夏の空はまだ明るい。
 幸いなことに、母親は今日の午後から出張で京都だ。
 戻ってくるのは二日後と聞いている。それまでにはこの顔の腫れも退いているだろう。
 シャツに飛び散っている鼻血の跡がとれるかどうかは分からない。
 血液は染みになりやすいからと、以前母親が言っていたことを思い出す。
 とれない時は、処分するしかないだろう。
 母親が家にいなくて助かった。
 奴隷としての縛めを身体に受けたことに、千明自身がまだ慣れてない。

『オシッコも自由には駄目だ。私が許可を与えた時間のみだよ』
 
 千明の身体の一部は雅紀によって自由を奪われていた。
 母親と一緒に風呂に入る年ではないが、身体の一部に異様な器具をつけた自分を見透かされそうで、この二日、顔を合わせずに済むことが有り難かった。
 鍵を差し込むと、不用心にも鍵が掛かっていなかった。

「人には戸締まりうるさいくせに…」
 
 いない母親に文句を言いつつ、自室へと向かった。

「遅かったな」
「わっ、」
 
 誰もいないはずの部屋のから声がし、千明は心臓が止まるほど驚いた。

「学校サボって、何してたんだ?」
「…何で、隆司がいるんだよ……」
 
 隆司が千明のベッドの上で恐い顔で胡座をかいて座っていた。

「弁当箱、届けに来て、そのまま待たせてもらってた。おばさんの許可はとってある」
「母さんに会ったんだ…」
「あぁ。お前が弁当食ってなかったから、怒ってたぞ。中は俺が食わせてもらった…」
「…なんか用? それとも用もないのに、俺を待ってた? リサがいなくて退屈だから?」
 
 あのなー、と隆司が立ち上がり、ベッドから降り千明の側に寄る。

「誰にやられた。俺に用事を聞く前に、まず言うべきことがあるんじゃないのか? シャツには血が付いてるし。誰だ? こんな顔して…携帯持ってなかったのか?」
 
 隆司が千明のズボンのポケットを探る。

「あるじゃねぇかよ。どうして、俺を呼ばなかった?」
「何でもないのに、呼ぶ必要はないだろ?」 
 
 千明の言い草に、隆司がカッとなった。

「何でもないっていう顔か? 鏡見ろっ!」 

 自分の胸ポケットから、折りたたみ式の小型の鏡をとりだし、隆司が千明の顔の前に向けた。

「おばさんが、この顔みたら、警察に連絡するだろうよ。ああ見えても、結構お前のこと心配してるからな」
 
 俺だって、心配してるんだっ、と小声で吐き捨てるように言うと、隆司は千明の腕を取り、ベッドへ強引に座らせた。
「待ってろ、それ、冷やした方がいい」
 
 部屋を出て行ったかと思うと、直ぐに水で絞ったタオルと持って来た。

「脱衣場のタオル、使ってもいいんだろ?」
「…あぁ、構わないけど…。ありがとう」
 
 手渡されたタオルを顔に持って行く。
 こんな姿、隆司に一番見られたくなかった。
 考えるから辛いんだと雅紀に言われたが、考えたくなくても、隆司が目の前に入れば、彼の優しさを感じるのだ。


 NEXTBACK