人間未満 26人間未満目次


 
「ちぇっ、戻ってこねぇ。もう授業始まってる時間じゃねぇか…」
 
 残された弁当箱に向かって隆司がブツブツと文句を言う。
 隆司の腹が鳴り、もう待てないと、隆司は買ってきたパンと紙パックのカフェオレを口にした。

「あいつ、俺に指摘されてそんなに恥ずかしかったのか? 別に男同士どうってことない会話だと思うけど。くそっ、『まさき』ってどこのどいつだ。ここ一ヶ月、千明がおかしいのはその女のせいだ…。は〜、リサはいないし、千明はグレるし、夏だっていうのに、面白くねぇな…」
 
 屋上で大の字になると、隆司は真夏の空を眺めていた。 
 空腹が満たされても、千明の事が気になってしょうがなかった。
 千明と喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。
 千明を泣かせようと思ったこともない。
 自分の部屋で切れた千明を見たときは、正直驚いた。
 千明が自分に大声をあげることも信じられなかった。

 『俺がいなくても平気だろ?』って、あン時、あのバカ言いやがったんだ。
 平気なわけねぇだろ。ずっと一緒にいたじゃねぇかよっ。
 『まさき』っていう女のせいだとしたら、壊してやるからなっ。
 だいたい、『まさき』っていう名前からして最悪なんだよっ!
 
 クソっと跳ね起きると、持ち主から見放された弁当箱を持ち、隆司は千明のいるはずの教室へ向かった。
 午後の課外授業が始まっている教室の後ろのドアを静かに開け、腰を屈め、一番近くにいた男子生徒に声を掛けた。

「おい、千明にコレ、渡してやってくれ」
「…もう、脅かすなよ。中野なら、サボリだ。鞄持って帰ったぞ」
 
 驚いた生徒が前方の教師の目を盗み、千明の不在を隆司に伝えた。
 ちっ、どういう事だ!
 授業中の教室のドアをバンと力任せに閉めた。

「誰だ!」
 
 教師の怒鳴り声が聞こえたが、そんなこと隆司にはどうでもよかった。
 更に閉めたドアを感情のままに足蹴りすると、弁当箱を手に千明の家へと向かった。


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