人間未満 24人間未満目次


 
「つまり、私が千明のこと隆司に話すことはいつでも出来るんだよ。そういう種類の男だって知ってるからね。その結果、ダメージを受けるのは果たして私かな? 千明、もう分かるよね。何なら、今ここで、隆司に電話してもいいよ。君のその泣き顔付きのメールを送ることも出来る」
 
 雅紀が携帯を取り出すと、千明の写真を撮った。

「止めろっ! 撮るなっ!」
 
 はいはい、と雅紀が携帯を仕舞った。

「千明、隆司が決して君をそういう意味で好きにならないのは、私が理由だよ。そんな私に君が抱かれていると知ったら、隆司は君をどう思うかな?」
「くそっ…うっ…」
 
 また、千明が身体を丸め、膝に顔を伏せた。

「悪いけど、君に選択肢はないよ。違うかい?」
 
 千明の横に雅紀が座り込み、優しい声色で囁く。

「……このままでも…隆司にばれそう……なんだよ……」
 
 屋上でのことが、脳裏に浮かぶ。

「ばれるじゃなくて、ばれそうなんだろ? 千明が気を付ければ、済む問題じゃないのか? 私は自分が開発した君のその従順な身体を手放す気はない。君だって、私に抱かれているから、心に澱(よど)む膿を吐き出せているんだよ。千明は、もう愛人じゃなくて、別のモノになればいいんだ。考えすぎるから、おかしくなる…」
「…別のもの…って…」
 
 千明がゆっくりと、顔を上げる。

「奴隷だよ」
 
 雅紀が千明の目を見てゆっくりと言葉を紡ぐ。

「奴隷…、なんだよっ、それ! 何しろっていうんだっ…」
 
 雅紀の言葉で千明が浮かべたイメージは、古い時代のアメリカだった。
 肌の色だけで虐げられていた人々。
 性玩具としてのイメージはなかった。

「千明は何もしなくていい。私の言うことだけ聞きなさい。アレコレ自分で考えない。私の命じたことをすればいい。楽だと思う。考えるから、千明は苦しいんだよ。違うかい?」
「…今と同じじゃないか……」
「違うだろ。奴隷に自由はないんだから。私との関係を止めたいと言う自由もね。悩む自由も奪ってあげよう。千明は私の絶対的支配下に置かれるんだ。自慰さえ自由は認めない」
「…そんな…」
 
 恐ろしい。
 雅紀が恐ろしかった。
 自分を飲み込んでしまう大蛇のような気がした。

「隆司のことを考え過ぎないで済むようにしてあげよう。隆司より、私の方が気になるように…。千明にはその方がいい。楽になりたいと、最初会ったとき言ったじゃないか。愛人じゃ楽になれなかったんだろう? 本当の意味で楽にしてあげよう」
 
 大蛇の腹の中で溶けてしまうのだろうか? 
 その方が、ココが痛くないのか? 
 不安じゃないというのか?
 
 千明は自分の胸に手をあてた。
 いつも隆司を想い、痛みに襲われる心臓が、『突き刺さる痛みはもうイヤだ』と反抗するように、ドクドクと鳴っていた。

「千明、お仕置きをしてあげるから、来なさい」
 
 立ち上がった雅紀が千明に手を差し伸べた。
 その目はまさしく蛇そのものだった。冷然な眼差しで『さあ、私の腹の中に飲み込まれてしまえ』と千明を誘う。
 その手を取ったら最後だ、と頭の一部で警笛が鳴っていた。

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