人間未満 23人間未満目次


 
「千明、いるんだろ?」
 
 雅紀が仕事を抜け出せたのは、千明からの電話の一時間後だった。
 商社に勤める雅紀は海外への交渉戦力としてエリート街道を進んできた男だ。
 海外赴任も長く、日本にいても、海外への出張が多い。
 千明を愛人にしてからも、すでに二回オーストラリアとフランスへの出張があった。
 その分、国内にいる時は、自由がきく。仕事が出来る人間は、決してダラダラ働かない。というのが、雅紀の持論だ。

「卵になるつもりか?」

 ソファとテーブルの間に挟まるように、身体を丸めて顔を伏せ千明が固まっていた。

「遅くなって悪かった。学校で何があった? 隆司か?」
「…」
 
 反応がない千明の肩に雅紀が触れた。

「千明、どうしたんだ? 寝てる訳じゃないんだろ。何か言いなさい」
 
 雅紀が千明の肩を揺らすが、千明は顔を上げようとしない。

「いい加減にしなさい。仕事抜けてきたったいうのに、黙りか? 話があったんだろ?」 
 
 両手で千明の頭を挟むと、無理矢理千明の顔を上げさせた。

「泣いてたのか」
 
 両目からダラダラと涙を流し、鼻水までべちゃっと口回りに貼り付かせ、赤く腫れた瞼の千明の顔に、雅紀は千明には悪いと思いながらも、吹き出してしまった。

「…うっ…っく、…酷い……」
「そんなこと言っても、千明、凄いぞ、その顔。ちょっと待っていなさい」
 
 雅紀がタオルをお湯で絞って持ってきた。

「擦らず、拭きなさい」
 
 言われたとおりに、千明が顔を拭く。
 タオルの温もりで少し落ち着いた。

「もう、いいだろ。話なさい、千明」
「…雅紀さん、俺、愛人辞めたい…。無理…絶対、隆司にばれる……」
 
 雅紀の表情が一瞬険しくなった。直ぐに、それが冷笑に変わった。

「千明、混乱しているようだけど、私の愛人を辞めれば、隆司にばれるよ? 私がばらすから。お前の友達は私に抱かれていたとね。だいたい、ばらされたくなくて、私の愛人になったんじゃないのか? そういう打算で私に足開いていると思っていたが、違うのかい?」
「そんなこと言ったら、雅紀さんだって、俺を抱いていることが隆司にばれるってことだろ! 自分の息子にゲイって言えるのかよっ! そうだよっ、俺が愛人になることなかったんだ…息子にそんなこと言う父親、いるはずないっ…なんで、そんなことに、気付かなかったんだ、俺は……!」
 
 自分の馬鹿さ加減が溜まらず、千明は太腿を拳で激しく打ち付けた。

「はははっ、千明は甘いね。隆司がゲイとかホモとか毛嫌いしている理由、まだ分かってないんだ。あいつは、私が男と寝ることを知ってる。それが原因で離婚したんだ。別に今更さ」
「そんな…嘘だろ…自分の親の性癖を知ってる…隆司が……ありえないっ!」
 
 隆司のゲイ嫌いの原因が、目の前の男…?
 普通に、親子の会話してたじゃないか!

「だから、あいつは、同性愛が憎いんだよ。それが元で、家庭が崩壊したからな。もっとも、もう一つ、別の理由もあるけど。それは、君には関係ない。ここを借りている理由もあいつも知ってる。何の為の部屋かも知っている。私が男を連れ込むなら、家は止めてくれっていったのは隆司だ。だから、あいつはここには来ないんだよ」

  この男のせいで、俺は隆司から愛されない…、嫌悪の対象なのか? 
 …そんな男と俺は寝てた……

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