人間未満 22人間未満目次


 
「何するんだよっ」
「別に。こんな所で寝てるから、起こしてやっただけだ」
「変なとこ、触るな」
 
 ジンジンする胸を千明が押さえた。

「別に、男の胸なんて、変なところでも何でもないだろう。お前こそ、昼間っから、イヤらしい夢みてんじゃないぞ。人のこと、エロがっぱとか言ってくれてた割りには、千明の方がエロがっぱだろ」
 
 急に千明の顔が青くなる。

「…俺…何か…言ったのか…?」
「べ〜つに。ただ、お前、そこもソコも勃たせて寝てるからさ。ヤラシイ夢見てたんじゃないの?」

  隆司が千明の胸と股間を指さした。
 下着の中が窮屈だった。
 羞恥心が千明から言葉を奪う。
 カメレオンのように千明の顔が青から赤に変わる。
 そんな千明に隆司のデリカシーのない言葉が続く。

「抜いてくりゃ、いいじゃん。実験室の横のトイレがいいぞ。あまり使うヤツいないからな。俺もたまにリサと二人で…オイッ」
 
 千明が隆司を突き飛ばして立ち上がると、

「先、食べてろよっ!」

 一言残し、走り出した。

「千明っ、戻ってこいよっ! 弁当箱、人質だからなっ!」
 
 なんだよ、あの態度。
 怒るようなことじゃないだろ…あぁあああ、面白くねぇ。
 千明が一人前に男だったということも隆司には面白くないし、ちょっとからかっただけなのに、血相を変えて逃げるように去っていったことも、面白くなかった。



 人気のないトイレの個室で、千明はブルブルと震えていた。
 隆司に性的な揶揄を受けたこともショックだったが、下手したら、隆司に雅紀のことが知れたかもしれないと、恐くて震えが止まらなかった。

  …寝言で何を喋ったのだろう。雅紀さんの名前は出してないと思う。
 出していたら、きっと隆司の追求があったはずだ―――このままじゃ、いつかはばれる。 
 
 個室で抜くわけでもなく、千明は便座に腰掛けると、ポケットから携帯を取り出し、雅紀に掛けた。

『どうした、千明。こんな時間に珍しいな。何かあったのか?』
「会いたいっ。話がしたいっ! 今すぐ会いたいっ。俺…恐いッ……」
『千明、落ち着きなさい。まだ仕事中だ。千明も学校だろ?』
「…もう、会わないっ。もう雅紀さんとは会わないッ」
『会いたいって言ったり、会わないって言ったり、千明、大丈夫か? 仕事抜けるから、私の部屋で待ってなさい。鍵は持っているね?』
「…持ってる……」
 
 個室を出た千明は隆司の待つ屋上ではなく、教室の自分の席に向かった。

「中野が、サボリ?」
「ああ。午後は出ない…」
 
 珍しいものを見たような同級生の顔に見送られ、鞄を持った千明は教室を飛び出した。


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